第3話 穴に落ちた後
「どわっ!」
柔らかな音とともに、落下していた俺の体は、突然真っ白な、モコモコとしたものに包まれる。
結構な高度から突然落っこちたということもあって暫く身動きが取れないでいたけど、直ぐに我に返って体に異常がないかを確認する。
うん。大丈夫。特段痛むところはどこもない。
受け身を取っていたことと、この柔らかな地面がクッションになった事があって、幸いなことに殆ど体にダメージはいかなかったみたいだ。
だけど地面に体が埋まってしまったらしく、視界が真っ白。何も見えねぇ。
思いっきり体を起こしてみると、案外あっさり体は外に出てくれた。
体を起こした時に視界に飛び込んで来たものは、
無機質な蛍光灯に照らされた、クリーム色の壁と、
まっすぐ続く廊下。
あれ、どこだここ。
俺、学校にいたはずだよな。そんでその階段の床の底が何故か抜けて、落下して……、
そんで落ちてきた場所がここってことか?
うん。訳がわからん。
落下してから今に至るまでの流れがあまりにも突然かつ突拍子もなさすぎて理解が追いつかない。突然のことに暫く頭がフリーズして–––––––、
って違ぁう!
こうしてフリーズしてる場合じゃないだろ。
落ち着け、落ち着け、それが最優先事項だ。息を吸ってー、吐いてー、吸ってー……、それを暫く繰り返して……、
おし、落ち着いた。完全じゃないけど、平静を保てるくらいには落ち着いた。
師匠の教えにも『大切なものを守りたくば、如何なる時も平静を保て』ってあるだろ。ありがとうございます。師匠。貴方の教えがあって良かった。
取り敢えず今すべきことは、ここが何処なのかを把握することだ。そうすればきっと、このモヤモヤした頭を落ち着かせられるなにかを見つけられる気がする。
モコモコとした地面に足を取られながら、硬いリノリウムの床が広がるところまで辿り着く。
そこから先は慎重にゆっくりと、廊下を歩く。
静か、かつ、誰もいない廊下。故にそろりそろりと歩いても微かに立てた足音が反響する。
最初の方は混乱していたからか、あまり意識することはなかったけど。
不自然さと不気味さが、時間を経るごとに俺の中で増していく。床は綺麗だし、監視カメラもあるのに、人の気配が全くない。
なんというか、まるで、水槽の中で泳がされている魚のような気分。
なんでこんなことを思ったかについては、よくわからない。ただ直感的にそう感じただけだ。
暫く歩いていると、T字に道が分かれているのが目の前に見える。右も左も直角に曲がっているので先を見る事が出来ない。
取り敢えず先に何があるか把握してから、どっちに曲がるか決めようか。
そう思って、T字の真ん中に出てまず左を見た。
瞬間。
「はい、手を挙げてください。監視カメラの前を堂々と歩くなんて、挑発してるんですか? 侵入者さん」
いきなり額に硬い筒のようなものを押し付けられる。何を突きつけられているかは、すぐにわかった
普通に生活してれば本来ならお目にかかるものではないものだ。あのアメリカで規制するのしないので騒がれてるアレ。
拳銃だ。
ビックリして、少し体が固まる。
もちろんそれは、いきなりそんなものを突きつけられてるって事実が頭の中にちらついたってこともあるけど、
発された声は、すごく俺にとって、聞き慣れた声だった。
前の人の顔をしっかりと見つめる。やっぱり。そこに居たのは。
「いいえ。貴方なら、こう呼んだ方がいいですか」
拳銃を俺の頭に突きつける、少女。特徴的な桜色の髪。もうこの時点で、誰かなんて一発だ。
「天龍くん。さっきぶりですね」
儚げに笑う、佐倉さんだった。
………ってちょっと待て。
なんで佐倉さんがこんなとこに。てかなんで
でも、さっき頭を落ち着けておいて良かった。考える思考力はまだ残ってる。
地下にある廊下、拳銃を慣れた顔つきで持つ知り合い。ここから想像できること……。
あ、なんか厨二患者も真っ青な設定思い浮かんだ。
「まっさかここが秘密結社の基地みたいなところで、佐倉さんがその構成員なんてそんなこと」
「はぁ? 当たり前じゃないですか。全部知ってるくせに。無知装ったって無駄ですよ?」
事実かよ。
いや事実かよ!?
いやこんな状況下で彼女の言葉にウソがあるとは思えない。彼女は秘密結社の構成員。うん。信じられないような内容だけど、これ事実。受け入れるしかねぇ。
てか佐倉さん。なんかキャラ違くないっすか?
まあそれはいいんだ。いやよくないけど。今はいいんだ。
問題は別にある。
「佐倉さん。君が秘密結社の構成員だってことはわかった。わかったんだけどさぁ……全部知ってるってどゆことよ?」
彼女は「全部知ってる」と言った。
まるで俺が今の現状を一番よく把握していた、と言わんばかりに。この言葉がどういうことを意図してるかっていうのはよくわからないけど、
なにか彼女は盛大な勘違いをしているような気がする。
「ぷっ。あはははっ。可笑しいなぁ。この後に及んでまだしらばっくれるんですか? ほら、なにもしないうちに吐いてください。どこの組織ですか? 思い当たる節ならいっぱいありますけど」
彼女はさも可笑しそうに笑みを含んで話すけれど、その声には何が黒いものを感じる。現に拳銃を押し付ける力がどんどん強くなってるし。
で、だ。
今の言葉と、さっきの「侵入者さん」って言葉でなんとなく察したものがある。それは、
俺は対抗組織のスパイ的なものと勘違いされてるってことだ。
いや笑えねぇな!?
それに「なにもしないうち」ってどういうことだ。なんか物凄い不穏なものを感じさせるんだけど。アレか。拷問的なものでもされるのか俺は。
取り敢えず誤解を解かなきゃ。えーっと……、
……オイ、どうやったら解けるんだこの誤解。
「本当になにもわからないんだってば。教室の床が抜けて、気がついたらここにいたんだからさ」
もう正直に言うしか思いつかなかった。正直駄目元だ。
まぁ、こんな駄目元がが通るなら、
こんなことで誤解が解けるなら、
「やっぱり、吐きませんか。まぁいいです。なら……」
そもそも誤解なんてされてない。彼女は持ってる銃をぐっと握りしめて、
「ここで始末しますっ!」
覚悟を決めたような顔で、
俺の頭部に回し蹴り。
「いや拳銃使わねえのか、よっ!?」
そんなツッコミをしながらもガードはなんとか間に合ったけど、
腕に伝わる衝撃とともに、俺の体は後ろ方向へと吹っ飛んでいった。
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