第4話 躊躇と迷い
「づっ!!」
佐倉さんから放たれたハイキックは、予想を上回る威力。多分、これが予想の範囲内だったとしても、中々にキツイ一撃だ。
背中から思い切り倒れこむ。受け身をとったとき、彼女の蹴りを受けたところが、鋭く痛む。
骨が折れるほどじゃない。いや、打ち所が悪ければ折れるレベルだな、これ。頭に当たっていたら間違いなく脳震盪以上は確実であろう。
「ったく、何ちゅー威力……ッ!?」
彼女のパワーに戦々恐々としながら急いで体を起こす。
その瞬間。
「たあっ!」
佐倉さんが威勢のいい掛け声とともに、目の前に躍り出てくる。
立ち上がる暇も与えないと言わんばかりだ。
またしても顔面を狙ったもの。ローキックが風を切って迫ってくる。
条件反射で体を倒す。
ギリギリ、間一髪。彼女の足は俺の頭上すれすれを通過していく。
掠めた時に感じる風が、その一撃がいかに重いかを想像させる。
そのスピードはコバエすら叩き落とせるんじゃないかってほどだ。
これ以上近くにいたらヤバイ。
一旦距離を取らないと。
そう本能が告げる。
すぐさま跳ね起きて、ステップを取りながら素早く距離を取る。そんで次の攻撃に備えるために軽く構えを取る。
「へぇ。今の、凌ぐんですね。大抵の下っ端ならこんな程度で軽く決まっちゃうんですけど」
彼女は涼しい顔で、靴をトントンと整えてそんなことを言う。因みに最初に蹴られたところは、まだ痛んでいる。
「でも確かにそっか。そうだよね。ここに忍び込こんでくるくらいなんだからこの程度、防げなきゃおかしいか」
確かにさっきのは決して防げないってものじゃなかったのは確かだ。けど、
(今のやつが「この程度」って、色々とおかしいだろ)
思わずこんな悪態を心の中でつぶやいてしまうくらいには、
相当ギリギリいっぱいだったし、パワーもスピードも常識のそれとは程遠かったんですが。
一瞬判断が遅れてたらマジで頭蓋骨吹っ飛ばされてたまである。
(これ、完全に俺を敵と認識して、殺しにかかってきてるよな)
生まれて初めて向けられる明確な敵意と殺気。
「お前が大切なものを守りたいと思うなら、いつか立ち向かわなければならないもの」
なんて師匠に耳タコができるほど言われ続けた事で。
そのつもりで日々の修行に取り組んできたつもりだけど、いざ対峙するとやはり怖いし、体はすくむ。
でも、変だな。
そんな、身も竦んでしまうような状況下にしては、俺はやたらと落ち着いている。
「まぁ、一応は、鍛えてますからね……。で、何度も言うけどさ、俺は佐倉さんの言う「組織」にゃ何処にも属してないし、ここにきたのも偶然なんだって。見たところここ、結構大きな組織みたいだし。その気になればちゃんと裏はとれると思うけど?」
ほら、こんな嫌味、もとい弁解を彼女に言えてしまうくらいには。
彼女は呆れたようにはあ、とため息を吐く。
「間違えて入ってくる、なんてそんな言い訳通ると思ってるんですか? 貴方が入ってきたあそこ、侵入者を炙り出すために敢えて普通の人には入りづらく、仕組みを知ってる人にはちょっと入りやすくしてるんですよ」
彼女は呆れた表情を崩さずに、俺を見る。
彼女が見せた表情は確かに「呆れ」だ。
でも彼女の「目」はそうじゃないように見える。
頭に拳銃を突きつけられた時からそうだった。
その「目」は何か辛そうで、何かを願っているようで。
何かを押し殺しているようでもあった
「ある一点に、一定以上の力を加えないと、開かないようになってるんです。こんなの、狙ってないとできないでしょう?」
……自分のしでかした偶然をここまで呪いたくなることがこの先あるだろうか。
ないな。そもそも「この先」があるかどうか自体不明だけど。
それに、と彼女は言葉を続ける。
「それに……それに、なんで貴方はここまで落ち着いていられるんですか? 普通ならもっと慌てふためいてるものなんですけど」
彼女の声が、少し遠くに聞こえる。
代わりに彼女の目に、視線が吸い込まれていく。
あ、わかった。怖いし、身もすくむような気分だけど、平静を装える理由。
「……なんでって、それは多分」
確かに殺しにきてるのは間違いない。殺気を感じるのも違いない。けど、
「君の目と、行動に「迷い」を感じるから、かな」
「ッ!?」
彼女の表情が、明らかに変わる。驚愕、動揺。目を見開いて、一歩後ずさる。息を飲む声がこちら側にも聞こえた。
でもすぐに、平常心を取り戻そうとするかのように、少し顔を歪めて、さっきよりも少し大きな声で笑った。
「あっっははははは! 本っ当に、馬鹿なんですね。貴方。さっき本気で殺そうとしたの、わからなかったんですか? 私に躊躇も、迷いも、ある訳ないじゃないですか……!」
「躊躇も迷いもないならなんで、今すぐにでも殺しに来ないんだ? なんで悠長に俺と喋ってるんだよ」
「それ、はッ……!」
言葉に窮している辺り、やはり迷ってくれているのだろうか。俺の言葉を、否定しきれずにいてくれているのだろうか。
頼むから、信じてくれよ。佐倉さんにそんな
「しかも佐倉さん。割り切ってるならなんで–––––––、そんなに辛そうなんだよ」
「ッッ!!!」
佐倉さんは唇を噛んで、顔を歪める。
でも、それはさっきのような笑い顔ではなくて、
何かを堪えるような、辛そうな顔だった。
そんなに辛そうな顔するなら、少しでも信じてくれているなら、
信じてくれたっていいじゃないか。そう続けようとした。
その瞬間、
「
腹に大砲を打ち込まれたような、痛みと衝撃が走った。
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