30 エピローグ(上)

 修繕された服を確認しようとスピカが布袋から服を取り出したら、紙で包装された小さな包みがぽろりと転げ落ちた。


「わっ」


 小さな声を漏らした後、整った顔に思案気な表情を浮かべる。

 合点がてんのいった様子で、何を言うでもなく俺のことをじっと見つめてきた。


「さすがターカーの紹介してくれた場所なだけあるよな。きっと、一見の客に対するおもてなしかなんかだよ、それ」

「そんなわけないじゃない」

「いいや、きっとそうだよ。開けたらどうだ?」

「……そう、する」


 俺を問い詰めるよりも袋の中への興味が勝ったのか、スピカはコクンと頷くと、紙をほどいた。

 中から出てきたのは濃い青色を基調にした髪留め。紐の端にある陶器片には、白い花がデザインされている。ランプの光を受けて控えめな輝きをスピカへと返した。


 深い青色と白い花、うん、スピカらしい。


 これをスピカにプレゼントしようと思った理由は単純だ。彼女を見ていて、たまに、長い髪を纏めるものがないと不便そうだなーっと感じたのだ。

 遠慮がちなスピカでも、常用する物ならば受け取ってくれるだろうという算段もあった。


 髪留めを見たスピカは、ピタリと、静止画のように動きが止まった。宝石のほうに濃い紅色を湛えた瞳が、何度かまばたく。

 花が開くように唇がほころぶも、きりりっとへの字に直される。小柄な体が小さくゆれ、髪留めをもっていない手がほぐすように自身の頬へと当てられた。

 ……喜んでくれてる、のか?

 たっぷり一分ほど経ったあと、おずおずと両手で大事そうに髪留めを包むと、俺を見た。


「気に入ったか?」


 そう聞けば、ぶんぶんと激しくなんども頷いた。


「そうか、そりゃ良かったな。ベゴニアの店主にも感謝しなきゃな」


 俺がそう言うと、スピカからじとー……っとした空気が返ってきた。

 尖らせた唇から不満があるのだと伝わる。どうしたもんかと頬をかけば、彼女は口を開いた。


「困る。私はサンにお礼の言葉を言いたい」


 ……俺も困った。かっこつけて渡したはいいものの、そう言われるとだな。


「さんきゅ、ね? サン、本当に……さんきゅ」


 そう言って向けられる、熱すら感じてしまいそうな視線。

 顔がかしげられる。さらりと銀の髪が揺れ動き、窓から差し込む青白い月の光できらめいた。


「……ん。どういたしまして。喜んでくれたなら、良かった」


 俺がそう言えば――スピカはほころんだ。白い頬がそっと色付き、嬉しいのだと力の抜けた体全身が訴えてくる。

 その幼い表情に、目が離せなくなる。

 サプライズを仕掛けたら思わぬ反撃をくらった気分だった。む、と知らず知らず声が漏れ、動揺を隠すように帽子ごと頭をくしゃくしゃとなでまわした。

 気の済むまで撫で回し、手を放すと、なんとも複雑そうな表情のスピカが居た。


「……私のこと、猫だと勘違いしてない?」

「んなわけあるかよ」


 猫みたいだとは思うけど、スピカはスピカだ


 俺の顔を見ていたスピカはどこか驚いた表情で俺のことを見上げる。顔を背けると、スピカはわざわざ俺の顔を覗き込んだ。

 ……見たくなるほど変な表情をしているのだろうか。


「ほら、飯だ飯。時間も遅くなってきたし、宿の晩飯くいっぱぐれちまうぞ」


 行くぞ、と促して椅子から立ち上がると、じいぃぃーっと俺のことを見ていたスピカもやっと目を離す。

 小さく腹をさすりながら、


「お腹、すいたね」

「あははっ! そうだな!」


 そうか。お腹すいたか。

 愉快な気分になって、堪えきれずに噴き出すと、スピカは心外だと顔を背けた。それでも俺の傍にいたままで、可愛いなぁと笑いが浮かんだ。

 今日の晩御飯は何だろうか。俺の気分は肉だ。がっつり食べたい。

 笑いを噛み消すと、部屋の扉を開けた。






 ● エピローグ






 それから。


 二日目は足りない買い物の続きを行った。後は、俺一人でミエルの門番であるターカーの元へと足を運び、クランチホーンの代金として、薔薇の騎士について情報収集を頼んだ。

 三日目はひたすら宿でごろごろ。スピカは宿から借りた本を読み、俺は体を休ませたり、思い思いの時間を過ごした。

 四日目は遠出をし、ミエルの観光スポットを二人で楽しんだ。

 五日目。強襲してきたヤコがスピカを連れ出し、二人で買い物に繰り出した。その間俺はターカーと会話をしたり、飲み屋ではしゃいだり、一人の時間を謳歌したのだった。

 六日目。ぐったりとしたスピカを労わり、二人で約束のリンカを食べて楽しんだ。


 そして――。


 夏の気配を感じる日差しが石畳を照りつけている。ゴウゴウと音を立てる噴水から涼しげな印象を受けるも、熱の篭った日差しは変わらない。

 胸いっぱいに空気を吸うと、瑞々しい緑の香りが広がった。

 現在俺たちがいる場所はミエルの大通り公園。噴水を囲むようにぐるりと設置された沢山の椅子、その端に俺たちも座っていた。


 町民の為の、豊穣ほうじょうを願う春祭りを観光しているのだ。


 まどろみ亭にて一家と会話をしていた際、そう言えばと口のに上ったのがこの祭りのことだった。小さな祭りだから他所から来た人に勧めるのは恥ずかしいと言われたけれど、そういうものこそ風情があって楽しい。二人で観光を決意したのだった。


 本当に地元の為のこじんまりとした祭りなのだろう、この場には全員合わせても50人も居ない。

 特設されたステージの中央には高く高く積まれた薪。その周りには沢山のつぼみをつけた花が置かれており、まるで演劇の登場人物のように古めかしい民族衣装に身を包んだ祈祷師きとうしが祈りを上げている。

 横に座るスピカと小さく目を合わせた後、俺たちも今年の豊穣を願って一緒に祈る。



 ……未来、といえば。

 魔王ベルベットはゲームの中で、暗黒の瘴気を発生させて世界中の魔物を凶暴化させた。そして、知恵を持った魔物を魔王軍として采配して人々を襲ったのだ。

 途中からは一部の獣人も合流し、魔物と獣人の混成軍になったのも印象に深い。


 ――ゲームではいきなり魔王が現れたと描写されていた。平和を楽しんでいた人々はいきなりの混乱に苦しんだ、と。

 侵略の準備が簡単に整うとは思えない。

 未来を見通せる存在がいれば、その隙を突かないわけがないのだ。


 ……スピカへの追手は、居ないと考えてもいい。の、だろう。


 最初から魔王が討伐されたらゲームにならないと言われればそれまでだし、全てをゲームのままと考えるのも良くはない。

 しかし。

 ――未来視。

 それは、スピカから話を聞くまで御伽噺おとぎばなしの絵空事だった。それこそ、妖精の王にだって不可能な事だ。何の対価もなしにポンポンと何度も行えるとは思えない。

 慢心するのは良くないし、万が一への備えは絶対に必要だけど。だとしても。悲観して緊張しすぎるのも、良くない。



 ターカーやガレスからの話で何かわかればいいんだが。浮かんできた言葉を飲み込む。情報収集は怠ってはならない。


 目を閉じて真剣に祈るスピカを横目で見る。

 どうか、彼女が、これからの日々を心安らかに過ごせますように。

 豊穣と合わせて願っておく。どうせなら俺のささやかな願いも一緒に叶えてもらえないだろうか。

 町民じゃないけど、それくらい望んでもバチはあたらないだろう。


 おごそかな静謐せいひつが広がっている。聞こえるのは噴水の音だけ。


 ステージ上の演者が手を打ち鳴らし、合わせて太鼓が一つ叩かれた。

 ボーン……という、野太い音が響いた。


 ステージの中央に組まれた薪に火が灯され、蜃気楼のように炎が揺らめく。橙色の塊になった火は、高く、高く、空へと背を伸ばす。

 その中にドライフラワーで作られた花束が投げ込まれた。花々の形がゆっくりと崩れてゆく。やがて、完全に炎に飲まれ、形がなくなった。……祈祷は終了だと、ハリのある声が告げた。

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