25 買い物

 右には外と内を仕切るように植えられた木々。左には日常を思い思い楽しむ人の数々。その奥には清涼な空気を作る噴水がゴウゴウと音を立てている。

 上を見ると、夏の気配を感じる春とは思えない強い日差し。下を見ると木で作られた丸机。二人分の影が作られている。


 現在俺とスピカが居る場所はミエルの大通公園であり――俺は力なく丸机に崩れ落ちた。理由は明白、考える間でもない。


 コンサーティーナと呼ばれる楽器の演奏音と、それにあわせて物語りを読み上げるハリのある声。



「悪魔の大口から現れた銀の竜。それに付き従う銀の竜の巫女は、村に巣食う悪魔のような詐欺師へと言った。”貴方は間違っている”と。銀の竜は唸り声を上げ――」



 よくよく聞かなくても既視感バリバリの話なワケで。歌われている内容の正誤を詳しく採点できるまである。


 まず銀の竜の巫女なんて居なくてだな。そもそも大口の主は俺が作り出したでっちあげなんだ。……なんだ、全然違う話じゃないか。

 とはいっても、聞いているだけで体が痒くなってくる。


 ”隊商たいしょうから聞いた最先端の物語”という謳い文句で始められたその話は、とある村が竜の巫女と付き従う従者によって救われる内容だった。村の名前は出てないが、悪魔の大口という単語で一発でどこの話かわかるだろう。


 二人して寝坊して朝飯を食べ損ねたので、少し早い昼飯にでもしようと露天の串焼きを食べながら耳を傾けていたら……危うく肉を噴出ふきだすところだった。危なかった。

 のんびりゆっくりパロース村からミエルの町まで歩いたので、その間に隊商が俺たちを通り越してもおかしくはない。

 パロース村で俺たちのことを見送ってくれたラークという男が、嬉々として出来事を語る姿が目に浮かんだ。


「こうして竜の巫女は大口に戻り、村に平穏は訪れた。きっと、今でも村を見守っているのだろう。

 ハツカネズミがやってきた。さあ、話はおしまいだ」


 聞き入っていた人々の拍手の音が鳴り響く。その音に居心地の悪さを感じ、しかめっ面を浮かべてしまう。

 恥じ入る俺をしたり顔で見るスピカへと、俺はぽつりと呟いた。


「……銀の竜の巫女」


 ぺしり。

 だらんとテーブルに投げ出した腕を叩かれた。とはいっても力は入っておらず、まったく痛くないのだが。

 苦いものを噛んだようなスピカの表情に、今度は俺がニヤニヤと笑いを向けると、


「……巫女の付き人」


 手痛い反撃を食らった。

 ……オーケー、わかった。この争いは何も生まない、生産性がない。平和に生きよう、平和に。

 容器からすっかり冷えた串を取り出すと、口を大きく開けてかぶりつく。BGMは情熱的に奏でられるコンサーティーナ。


 そもそも今日は何の目的で外に出たかといえば、だ。飯を食べるだけではない。見上げた空は雲ひとつない――絶好の買い物日和だ。





 最初に訪れたのは食品がずらっと並ぶ市場。

 小麦、芋、塩……といった一般的なものから、マコモダケ、クラーゴンの干物、爆発草、ミシュマシュの肉と、食べてみないと味の想像がつかないものまで顔を連ねている。

 中でも異質な雰囲気を放っているのは、食べられる虫を集めた一角だろう。思わずスピカと顔を合わせ、二人して首を振り合う。本当によかった。お互い食虫は好みではないようだ。

 調理のしやすそうなものを目に付いた順に購入し、ポーチの中へとしまい込む。





 次に向かったのは専門的な店が立ち並ぶ一角。

 最初に入った店は道具店と書かれ、冒険をするうえで必要なものから消耗品まで、広く浅く取り扱われていた。

 定番の傷薬、丈夫な靴、旅用の鞄、ちょっとした魔法効果のあるアクセサリーなどなど。

 ここではスピカ用のリュックサックを見繕う。

 選んだリュックの背負い心地を確かめるように、彼女は、その場で数度跳ねた。


 ……マントの内側から金属のぶつかる微かな音がなる。

 その正体は宿から出る前に俺が無理やり渡した人間用の金だ。スピカは必死さすら感じる勢いで遠慮したのだが。

『俺が買うには難しいものがある。下着とか、色々。そういうものを買うにもいくらか持っていたほうが良い』

 という捨て身の説得で無事受け取ってくれたのだ。


 その場で小さく跳ねる姿は、まるで小動物のような微笑ましさで溢れている。見られている事に気がついたスピカが首を小さく傾げるも、わからないのは本人だけ。余計に笑いが込みあがった。





 ――にゅっと、布と布の隙間から真っ白い手が突き出される。少し上を見れば、形の良い片目が隙間から覗いている。俺と目が合うと、その手は俺を手招いた。


 カラカラと音を立ててレールのついた布を開けると、そこには、すっかり装いも新しくなったスピカの姿があった。


 全体の印象は、白。

 袖口が大胆にカットされたノースリーブのワンピース、袖口からは同じく白い色のシャツが顔を覗かせている。そのシャツの袖口は切れ込みによって花のつぼみのような形が作られている。


 真正面から見つめられて恥ずかしいのだろうか。膝先が小さく擦り合わせられる。


 その膝先を包むのは、キュロットスカートのようにふわっと広がるワイドパンツの裾を縛って、絞りを作ったもの。重ねるように作られたレースの編み込みが上品な印象を受ける。

 腹周りには無骨で幅が広いベルトを巻いている。その穴からは小さなポーチがいくつも下げられ、ちょっとした小物なら入れられるようだ。

 頭には、竜人の角をすっぽり覆い隠すほどに大きいキャスケット帽子。スピカのために誂えられたと錯覚するほどに、デザイン、サイズ感、調和が取れている。


「……どう?」

「……似合ってる」


 さすがターカーのお墨付きなだけはある。良い仕事だ。

 スピカは手櫛で横髪を数度撫で付けると、目にした人全員を惹きつけてやまないような微笑を浮かべた。


「ん、さんきゅ」


 また手でくいくいっと招かれる。

 少し頭を下げると、耳元に手をあてられ、囁かれた。


「実は今まで来ていた服、寝巻きだった」


 それは……申し訳なかった。もっと早く服を準備できていたらと思う。


「あの服はあの服で思い入れがあって……私には大事なもの」


 俯いてとても寂しそうな表情を浮かべた。

 そうか、と答える。

 スピカの頭から帽子を外し、がっしりと掴むとわっしわっし乱雑に撫で回す。


「んぅ」

「じゃあ、せっかくだ。裾のほつれとか、しっかり治してもらわないとな」


 振り向くことなく試着室から出る。

 ガリガリと頭を掻くと、湧き上がった言い様のない淀みのような感情を飲み込んだ。すっかり――情がわいてしまった。ほんの少し話しを聞いただけで、まるで自分のことのように凹んでしまう。


 今は買い物にでかけているのだし。口の中でもごもご呟く。


 考え込むのは今じゃない。寝る直前の10分間にでも考えればいいんだ、そういうのは。

 辺りをきょろきょろと見渡す。

 言う間でもないと思うが、ココは、服屋”ベゴニア”。ターカーに教えて貰った、質の良い服屋である。

 ……一つ、良さそうなモノを見つける。


「店主、一ついいか。服の修繕を頼みたいのだけど、ついでに……」


 小声で注文を頼んだ。





「お待たせ」

「おう」


 ややあった後にスピカから声が掛かり、マントとリュックを背負った姿で試着室から出て来た。

 先に告げていた通りに、店主にスピカの服の修繕をお願いし、それを受け取るための符丁を預かる。

 数時間待たせるのも申し訳ないと言われ、俺たちは町の散策を続けることにした。


 再度店主に礼を言うと、店の扉をくぐる。カランという涼しげなベルの音が扉の開閉を示した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る