24 近づいた距離
「ずるい?」
「そう、ずるい」
……言葉だけならどんな印象を受けるだろうか。
目の前のスピカは顔を真っ赤に染め、唇を少し尖らせ、瞳を強い感情で潤ませながら、それでも俺の指は離さない。
「サンはわかっていない。居場所を作ってくれたのも、私を尊重してくれるのも、それに」
彼女は一度俺の指から手を離すと、小さな手で俺の手をしっかりと握り締めた。
まっすぐな眼差しが俺を射抜く。俺の意識などお構いなしに、顔が全面かっと熱くなる。
「何も聞いてこないのも。
そのままでいいと伝えてくれる、それに私がどれだけ助けられているか。なのに、滅茶苦茶言って私が良い人だから誇れだとか、気にするなとか」
――さあっと強い風が吹いた。
スピカの髪があおられ月光に踊る。その光景を俺はまるで魔法にかけられたように、ぼんやりと見つめている。
「本当に……ずるい人」
彼女は小さな声で呟いた。ふっと熱のある息を漏らし、それを聞いた俺はやっと思考が再起動。……うむ、その、えっと。あー――……。だめだこのポンコツ、全然動いちゃいない。
「いや、その、それは」
「むっ」
……。
「…………どういたしまして」
その声と一緒に、俺の手に重ねられたスピカの手の上に、俺の左手を乗っける。
スピカは
……そのまま見詰め合って数拍。
ややあったのち、お互い弾かれるように手を放して距離を開けた。顔、真っ赤である。手でパタパタ顔を扇ぐも全然冷える気配はない。
ちらりと視線を横に走らせる。すると。
仕方ない人だなあと言いたそうに、苦笑を浮かべて俺を見るスピカの姿があった。
まずい。これは非常にまずい。すごく恥ずかしいぞ。右手で顔を隠し、さっきよりもずっと冷たく感じる夜気に全身浸る。
それでも体を支配する赤い色の感情を飲み込むべく、ぎこちない手つきでコップに酒を注ぐと、口の中に流し込んだ。
……あっまい。あっま。
粘性のあるドロっとした蜂蜜が口の中を支配し、質量のある糖分の塊が俺を攻撃する。この酒ってこんなに甘かったっけ。
これを飲んだって落ち着けたもんじゃない。キョロキョロと視線を動かし、屋根から広がる景色を
雨風や人々の往来でほんの少しくたびれた印象を感じる、白い石で作られた大通り。今は人の一人も歩いてはいない。
大通りの先には大きな噴水と、円状にぐるりと広がる花壇。ほれぼれするような手の入り具合だ。
そこはエミルの町が誇る大通公園で、何時もは人で溢れるその場所も、夜に呑まれて静まりかえっている。
以前訪れた際、その公園では路上ライブやストリートパフォーマンスをする人が居て、とても華やかだったのを覚えている。明日はどうだろうか。
……一旦無駄なことを考えてだな。オーケー、多少は落ち着いただろう。クールクール。
視線を横に向けると――。
手を動かせば触れられる距離に居るスピカ。
上目で俺を見る彼女は、はにかむようにふわっと笑みをこぼした。
感情にまた波が発生し、俺の心の堤防はもう決壊寸前だ。焦る俺の姿にスピカは、小さくふふっと口を手で隠して笑う。
「……勘弁してください」
息も絶え絶え。全面白旗降伏宣言もいいところである。
「いや」
……ここに来て反旗ですかスピカさん。
彼女は歩くことなく尻を浮かせて近寄ると、ぽすっと軽い音を立てて俺に寄りかかってきた。
彼女は悪ぶった笑みを浮かべているが、隠し切れない真っ赤な顔と、緊張を感じる体のこわばり。それでも満足げにふーっと鼻から息を抜くと……体が弛緩した。
薄い布越しに伝わる、柔らかな体と体温。
今までずっと、どこか、触ったら壊れてしまいそうな印象を持っていたのだけど。こうして触れ合うことで、スピカもただの人なのだという実感がストンと降って来る。
「……ね、本当に、ありがとう」
今までよりもずっと近くで、彼女は精一杯の笑顔を俺へと向けた。
「……おう」
俺も精一杯真面目な表情を浮かべるとむっつり頷く。自分でも驚くほど硬い声に聞こえたが、それでもスピカは嬉しそうにコクコクと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます