21 たまにはこんな話も
本日二話目の更新です。
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ヤコが出た後には、ちょっとした緊張の残り香が漂った。
彼女の言葉がスピカにどういう影響を与えたかはわからないが、俺には少なからず思うところがあった。
「俺さ、やっぱり根が自分勝手なんだよな。行動理由だって俺が気に入るか気に入らないかだし」
突っ伏したスピカがかすかに動いた。首を振っているようだ。
「今まで好きなことしかやってこなかったしさ! ……って胸を張って言うことじゃないけど。
稲穂がつける日々の努力の結晶を経験として味わったことも、勤勉さと誠実さを配って対価を得ている訳でもない。まあ、この生き方を悔やんだ事はないけどな。それこそスピカや、色々な人と出会えたわけだし」
うんうんと一人で頷く。旅は素晴らしい。
「俺だってただの人間だ、間違えることも失敗することもある。だから――言って欲しい。どうした、何かあるのか?」
スピカは顔を上げると、何度か口を開けては閉じる。
ランプに照らされた白い顔は、まるで罪を告白するかのように緊迫したものだった。……ややあって、開いた口からゆっくりと言葉が転がる。
「サンは一人でずっと旅をしていた、んでしょ? 私が居ると、今まで一人で旅をしていた楽しみかたと違うものになってしまわないかなって思って。食料やお金も出して貰っているし」
目を伏せて、彼女は言葉を重ねる。
「……迷惑しか、かけていない」
きっと、スピカが本当に言いたかったのはこの一言なのだろう。そう思わせる感情の重みがあった。
あえて軽い言葉で返す。
「なんだ。そんなことか」
「なんだって……」
憤りを口にしたが、俺の目を見ると、その勢いはみるみるしぼんで言葉は消えてしまった。
ああ、ヤコがいいたかったのはこれか。
「……恥ずかしいから一回しか言わないぞ。俺、多分スピカが思っている以上に二人旅を楽しんでいるんだ」
一息でそこまで言うと、視線をスピカから外して壁の木目を見つめる。
「二人で景色の感想を言うのも楽しいし、俺は饒舌な性格じゃないから無言が苦にならないのも気楽だ。あとはそうだな、取り繕わないで言うけど、可愛い女の子ってのも得点が大きい。男としてな。
……幻滅するか?」
彼女は首を横に振る。
「あんまりそういう視線を向けられないから」
「そりゃ気を使っているからな」
「……ごめん」
「ああいや、言い方が悪かった。気を使ってもいいと思えるくらい、良く思っているんだ」
彼女の大きな瞳が揺れ動く。……俺の言葉は正しく伝わっているだろうか。
「だって、パロース村じゃあ口調を突っ込まれるくらい腹芸の出来ない俺だぞ? 含むものが有ったらとっくにバレてるよ」
そうだな、と言葉を続ける。
「それでも気後れするっていうなら、自分を誇れ。スピカが感じている気持ちがどんなものかはわからないけど、負い目を感じるくらいには良く思ってくれてるんだよな。
なら、俺に、それほど良い行動をしようと思わせるくらいの人なんだよ、スピカは。凄いことじゃないか」
「……なに、それ。滅茶苦茶よ」
全身から力が抜けるように、へにゃっと崩れた笑みを口の端に浮かべた。
それを見た俺は大仰な動作で肩をすくめると、大げさに眉をひそめてショックを受けた顔を作った。
「真面目な言葉だったんだけどな」
勿論冗談である。最後のほうなんか片言で喋ったからな。
もうっ。スピカは声には出さずに、唇だけでその二文字を作ると、表情を崩した。うん、緊張している顔よりも笑っているほうがいい。
「……ちょっと一階に顔出してくる。シノダに話があるんだ」
リンカの実はあっただろうか。
ベッドから立ち上がり、扉を開けようと思ったところで振り向く。
「そのだな、俺としては、何かあったら喋ってくれるほうが嬉しい。だから、思っている事を教えてくれ」
……中々、思っていることを素直に伝えるのは恥ずかしいもんだ。
一階に下りると、ヤコがカウンターに突っ伏していた。
頭を押さえている。
「どうした?」
「仕事サボってスピカちゃんと喋っていたから、おかーさんに怒られた」
俺がうたた寝をしていたのは2時間と少しだろうか、その間仕事をほったらかしていたのなら、怒られるのも頷ける。
「で、どうだった? 大丈夫? 余計なこと言っちゃったかと心配で……!」
ガバリと身を起こしたヤコから、言葉尻強く尋ねられる。
「ありがとう。ヤコには深く感謝している」
「よかったっ!」
ヤコはにぱっと笑う。
「……ね、おかーさんに言ってくれない? 私は迷える子羊を導きましたーって。私のいう事聞いてくれないんだ。あんなに怒ってると小皺増えるよ、小皺」
あっ。
小皺といった辺りで、カウンターの後ろの通路からシノダが顔を出した。笑顔は浮かべているものの、目が笑っていない。
小皺は禁句だったか……。ヤコ、強く生きろ。
「あらあら、サンさん。どうも。私の娘がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」
その声が聞こえた途端、ヤコは飛び跳ねた。額に流れる脂汗が物悲しい。
「いえとんでもないです。……良くして貰いましたから」
「あら、それはよかった。でも、私に敬語なんて使わなくてもいいんですよ? 私のは癖みたいなものですから。……ごめんなさい、少し、家族会議をしますね」
「アッハイ」
縋るようなヤコの目。……そんな目で見られても俺には何も出来ない。骨は拾ってやるよ、悪いな。
二階へと踵を返す。
「――ぎゃふんっ」
■
扉をそっと開ける。
開いた扉からは夜の闇が滲んでいた。スピカは灯りを消して、月に照らされた眼下に広がる町並みを眺めていたようだ。
「どうだった?」
「……人を、怒らせるもんじゃないな」
スピカは首を傾げた。
ああ、わからんでいい類の話だから気にすんな。
「あの、な。晩飯を食べたらさ、飲み所に行ってきてもいいか? スピカも来るか?」
早速ヤコの進言を生かさせて貰う。
番兵であるターカーに教えてもらった、情報を尋ねに行くという目的もあるのだが、お酒を飲むことも楽しみだったりする。半分くらい。
「……ううん。そういう所は、ちょっと」
「そうか。俺も行くのをやめたほうがいいか?」
「気遣ってくれて、さんきゅ。……サンだって息抜きは必要。町に来たんだし自分の楽しいことをして、ね? 私のことは気にしないで」
椅子から立ち上がって近くまで来ると、俺を見上げて口を開いた。
大丈夫だといわんばかりに浮かべられた微笑が胸を打った。
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