17 花の旅路

 道の左右には無造作に生えた木々。

 道の正面にはツタが絡み合って出来た天然のアーチ。地面はなだらかな勾配こうばいを描き、小高い丘の中腹といったところだ。


 スピカを案内したかった絶景というのがこの先にある。


「もう少しだ」


 一メートルほど下にいる彼女へ、巨大な倒木の上から手を差し出す。

 手の先には目の覚めるような美少女、スピカ・ベルベットの姿。


「さんきゅ」

「……気に入ったのか、それ?」

「言いやすい」


 彼女はふんわりとした笑みを口の端に浮かべた。

 スピカは前世でプレイしていたゲームに登場した人物である。……聞く人が聞けば黄色い救急車を呼ばれてもおかしくないのだが、なんとも言い辛いことに事実だ。

 ”ラスト・ソード”というソシャゲーで、スピカが担っていた役割は――魔王。


 握ったその手をしっかりと引っ張り、体を倒木の上へと引き上げた。

 唇を尖らせながらマントに付いた木の欠片を魔法で取り払う彼女は、ゲームでの雰囲気とすでにかけ離れている。

 ゲームでユーザーに向けた視線は、絶対零度で感情の色を映さないもの。絶望と破壊の体現者。

 反して目の前の彼女は、俺が向けた視線に気がつくと、首をかしげて幼い印象を受けるきょとんした表情を浮かべた。

 ああ、悪くない。嬉しいもんだ。


「……何?」

「いや、なんでもない。行くか」

「ちょっと待ってもらってもいい?」

「どうした。破片が刺さって怪我でもしたか? 大丈夫か?」

「ううん、違う。うまくいえないけど、楽しい雰囲気をしているから……少し休憩しない?」

「わかる。良いよな」


 スピカは巨大な倒木の上に腰を下ろし、足をぷらぷらと動かした。

 急ぐ旅ではない。俺も倒木の上に腰を下ろす。

 ポーチから氷で出来た四角いブロックを二つ取り出すと、一つを横にいるスピカへ渡した。


「さんきゅ」

「おう」


 スピカは空中に剣を出現させると、それで氷の上面を切り落とした。

 俺は指で氷をはじくと、上面がストンと移動して地面に落ちる。

 中に入っていたのはキンキンに冷えた水。


 今のは魔法によって起こされたものだ。この世界には、前世ではファンタジーだった魔法が存在する。


 ……なだらかな風が吹き、葉がこすれる心地の良い音が広がった。

 辺りには木々の隙間から太陽の光が差し込み、心の底から落ち着く雰囲気が漂っている。


 会話もなく自然を楽しんだ。


 先ほど旅と言ったが、この奇妙な二人旅には目標がある。

 それは、スピカと同じ種族である竜人ドラフを探すことだ。

 スピカの故郷は人間によって滅ぼされている。何故人間が竜人の里を滅ぼしたのかはわからない。

 横にいる彼女に聞けば教えて貰えるのかもしれないが……それはきっと心の柔らかな部分を土足で踏み荒らす行為。人間の残酷さに晒されたスピカに、同じ人間である俺が、直面した現実をどうして尋ねられるだろうか。

 ままならねーな。難しい。

 旅をする際に彼女と交わした約束は、竜人の元へと送り届けるという内容だった。



 いずれ、この旅にも終わりが来る。



 それを考えるだけで、なんとも言えない渋い感情が俺の心を支配した。……苦笑いが浮かぶ。すっかり参っちまったな、俺。


 俺がしなければいけないのは、旅を通じて色々な人が居るのだと理解してもらう事だ。もう大丈夫な気がしなくもないが。

 俺がスピカにしてあげられるのは、これ以上人間によって傷つけられないよう気を付ける事だろう。

 後は……個人的な願望だけど、旅を楽しんでほしい。


 最初に訪れたパロース村では、彼女にどういう影響を及ぼしたのだろうか。

 俺との仲は良くなった。だろう。……自分で言うのは恥ずかしいな。

 それが人間という巨大なカテゴリーで考えると、途端にわからなくなる。パロース村で俺たちに良くしてくれたラークを見て『人にも沢山居る』と思ってくれたようだが、村での出来事は決して好ましいと言えるものではなかった。良い影響になったとは思えない。


 その場で仰向けになって頭の上にある木々を眺める。


 次の町は楽しい旅にしたい。あとは、スピカが俺以外の人とほんの少しでもいいから接する事を目標としよう。

 幸い”ミエルの町”は訪れたことがあり、心配は無用だと言える。


 現状確認と今後の方針も立てた。後は行動するのみ。


「……うっし」


 その場から跳ね起きる。


「そろそろ行くか」


 何故か不服そうな顔。ちょいちょいと、服の袖を引かれた。


「待って」


 彼女はそう言うと、俺の背後に周りこんだ。

 ぽんぽんと背中を払われる。どうやら、寝転んで付いた汚れを取ってくれているらしい。身に付いた汚れは魔法で落とすことが出来るし、ほんの少し前にスピカも自分についた汚れを魔法で落としていたのだが……どういう意図かは聞けはしないよな。さすがに。


「悪いな」


 返事の変わりにご機嫌そうな鼻歌が返ってくる。

 優しい手つきで汚れをほろっていたその手は俺の頭まで動き、髪についた汚れも優しく落としてゆく。


 ……両手で頭を抱えたい気分だった。


「楽し、そうだな」

「うん」


 スピカはそのまま、再度ご機嫌な鼻歌を漏らす。

 竜人ドラフは種族間の信頼や結びつきがとても強いと聞いたことがある。種族を気心の知れた人と置き換えたら、この行動もおかしくはない……のか?

 わからなくなって考えるのを止めた。ま、なるようになんだろ。再度苦笑いが浮かんだ。

 俺がスピカにしてあげられるのは、これ以上人間によって傷つけられないよう気をつける事。俺を含めて、な。

 それでいいさ。


「取れた」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 背後に居るスピカの表情を見ることは出来ないが、楽しそうな表情を浮かべているのだろうな。そんなことを思った。




 ■




 葉脈鮮やかな木々を越えた先、唐突に視界が開けた。

 その先――目の前には絶景が広がっていた。


 呆気にとられるスピカを見て小さくガッツポーズ。これだよ、この反応が見たかった。だからあえて詳しく言わなかったんだ。

 ここは小高い丘の頂点で、こじんまりとしたミエルの町を一望することが出来る。


 ミエルの町の周りを囲むように、視界一面に広がる花畑。


 まるで町を中心とした巨大な一本の花のようだ。

 町からは曲がりくねった道が数本伸びており、それがより一枚一枚分かれた花びらのように見せている。

 今まで見てきた自然によるものではなく、人の手によって作られた景観。風を受けて頭を揺らす一面の花畑は、いくらでも見ていられるだろう。

 ゲームの中でもトップクラスで雰囲気が良かった場所だ。お気に入りの場所はいくつかあるが、その中の一つでもある。


「あれが今から行く場所、人呼んで”花の町 ミエル”だ」

「……凄い」


 声にならないようなスピカの反応を見て、ミエルの町が見えないように遠回り、数日かけて木々の中を抜けてきた甲斐があったと思うのだった。

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