16.5 寝起きの一コマ

短いです。ちょっとした閑話。

ーーーーーーーーーー



「ふああー……っ」


 大きな口を開いて欠伸を一つ。

 また海底のような静かな暗闇に沈まないように、意識を拾い集めて繋ぎとめる。仰々しく言ったがなんのこっちゃない、ただ睡眠から起きただけ。

 うし、目が覚めた。


「――んおっ」


 目を開いた先には、俺の視界いっぱいにとんでもない美少女の顔があった。距離にして30センチとちょっとだろう。

 上目遣いで見上げるように俺を見ているその少女は、目があうと、ふわっとした柔らかな笑みを浮かべた。


 触り心地の良い白銀の髪が、水際で静かに寄せる海のように波打っている。長い睫の下には、俺を見つめる緋色の瞳。

 出会った頃はニコリとも微笑まない無表情さと、神秘性すら感じるほどに整った容姿で、血の通った人だとは思えない超然とした雰囲気を纏っていた。

 それが、今は。

 暖かい陽光を受ける白い肌には、しっかりとした生きた存在感が満ちている。それについてどうこう思う前に、いまだにバクバクと激しく体の内側を叩く心臓が落ち着かない。


 考えれば昨夜……というより今朝、狭い毛皮に二人で寝たのだった。そりゃ、寝起きの距離が近いのも当然だけど。

 驚いたことによる動揺を隠すように顔へと手を伸ばした。


 頬と、手が触れる。


 スピカは恥ずかしげに体をよじる。だが、手を振りほどきはしなかった。

 そのまま親指と人差し指で、むにーっとほっぺたを引っ張った。

 ……やわらかい、なんだこれ。無限に触っていられそうだ。感心したようにモチモチとした触り心地に浸っていると、にんまりとした笑みを浮かべたスピカも俺の頬へと手を伸ばす。

 ……何かと思っていたら、俺も頬を引っ張られた。


 いや、何やってんだ俺たち。


「……おふぁふぉう(おはよう)」

「……おあおうふぉあいます(おはようございます)」


 なんとなく面白くなって、二人で笑った。


 ――いまだッ!


 頬いっぱいに空気を含んで膨らませる。途端、俺の頬からすぽんっと外れるスピカの指。はっはっは。

 ニヤニヤとスピカを見つめると、彼女は対抗するように頬を膨らませる。

 だが、一生懸命頬を膨らませているのはわかるけど、キレが足りない。それにスピカの頬は柔らかすぎて、頬を膨らませても引っ張ることが出来てしまっている。


 敗因、やわらかすぎる頬。


 頬から手を放すと上体を起こし、スピカを見下ろすと両手でガッツポーズ。鼻の穴を膨らませてアゴをしゃくらせる。食らえ、渾身の腹立つ笑顔ッ!

 むーっと唸るスピカに勝利の高笑いをあげていると――ッ。


「うおおッ!」


 文句を込めて突き出されたスピカの指が、ぶっすりと脇に突き刺さった。

 やめろ、脇は弱いんだ。

 そのまままさぐるように動かされた指。こそばゆくなって、上げるのも恥ずかしい、情けない悲鳴が零れた。

 スピカの気が済むまでまさぐられると、そこには息も絶え絶えな俺の姿が。


「……はーっ、はーっ」


 やり返してやろうかと横目で見るが。ずれた毛布の下からのぞく、薄い布一枚で覆われた脇。そのすぐ横にはしっかりと主張するふくらみ。

 ……さわれるかよ!


「御見それしました。俺の負けだ」


 その場に崩れ落ちると、無言でふんふんと喜ぶスピカに敗北宣言を上げた。

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