14 決着
それからの展開は速かった。
”ここに居る村人に告げる。我は村人に攻撃することは無い。我が求めることも何もない。ただ、我は大口の底で眠るのみ。寝息は立てるが、それは勘弁してくれ”
氷で出来たドラゴンに魔法でそう喋らせ、翼を翻して大口の中へと戻らせる。
その様子を見て呆然と……ただあっけにとられていた村人たちだが、ラークが声を上げてその場は動き始めた。
まずタナトスだが――村人たちにどこかへ連れて行かれた。暴れまわる様子もなく、ただ、粛々と後ろについていたのが印象的だった。
その場に残った村人たちは俺とスピカを遠まわしに見るだけ。そんな俺たちへと声をかけたのも、また、ラーク。
「ちょっと来てくれ」
そう請われ、連れられてきた先は彼の家。
どうなるのかと一瞬身構えた俺だが、彼は無言で戸棚からビンを二つ取り出すと、コップへとそれを注いだ。そして、俺とスピカへとコップを差し出す。
「……酒だ。乾杯をしよう。嬢ちゃんにはブドウジュースだ」
目を白黒させた俺たちをどう思ったのか、からからと笑うと口を開いた。
「パロースっていう名前はな、信頼という意味を持つんだ。だが、その言葉はこの村にふさわしいものじゃなかった。――今日まではな」
こんな目出度い日に酒を飲まずにいられるか。彼はそう言い、再度乾杯をと告げる。
「ちょっとまってくれ。せっかくだから」
俺はラークへそう言うと、指の先から氷を作って杯の中へと落とす。
「おおっ、こりゃありがたい。サンが居ると便利だな」
……苦笑いが浮かんだ。そりゃどうも。
「スピカも」
「ありがとう」
「それじゃいいか? 乾杯ッ!」
こうして、話は現在に至る。
スピカが人間の飲み物を飲めるかどうか心配だったが、杞憂なようだ。ゆっくりちびちびとブドウジュースを傾けている。
そんな俺たちへと目もくれず、ラークは再度酒をコップに注いで一気に仰いだ。
「かあっ美味いっ! 最高だ!
多分、サンたちは状況が全然わからないと思う。だから、説明させてくれ」
俺たちに喋っているのか、それともただ喋りたいだけなのか、彼は湧き出る水のように言葉を重ねる。
「6年ほど前の話だ。村に一人の男が訪れた。わかると思うが、それがタナトスだ。骨と皮ばかりの姿でふらふらとパロースへと来たんだ。問題を起こして住んでいた村を追い出されたらしい。
タナトスは口がうまく、気がついたら一瞬で村の中心になっていた」
ラークは一瞬で言い切ると、天井の木目を睨む。
「最初はよかった。しっかりと村人の悩みを聞いて彼なりの答えを出していた。それが……途中からおかしくなった。お布施を求めるようになり、日々の労働すらしなくなった。それを良しとする環境を作り上げたんだよ。
――ああ、嬢ちゃん。杯が空になっているな。ブドウジュースだ、飲むがいい」
カラン。
まるで相槌を打つような、溶けた氷がグラスにぶつかる音。
「やつが言っていた唸り声に不安がどうこうって言葉、自作自演もいいところだ。その不安を煽ったのはタナトスなんだぜ。我輩を信じないと悪魔の大口の主が怒り狂うでしょうってな。それまではしっかり”悪魔の大口”と共存できていたんだ。
最初に一人信じた。気がついたら三人信じて、五人、十人、気がつけば村の半数は彼のことを信じていたよ。たぶん、怖かったというのもあると思う。反抗すればロッジのように殺されるって、な」
んっ、と座った目で杯を差し出される。
無言で氷を作り出してグラスの中へと落とした。
「行動を起こそうとも思った。でも村人が行動したら、村はまっぷたつに割れていたさ。だから、この問題は、外から来た人が新しい風を入れてくれるしかなかった。でも、そんな都合の良いことが起こるとは思えなかった。
だから本当に――ありがとう」
頬をひとつかく。そんな手放しで褒められるようなことじゃない。
「違うんだ。ただ、俺は、同行者へ向けられた視線と言葉に腹を立てただけだ。村のことよりもスピカを優先した行動で、だからそんなに言われることじゃない」
「それでもだ。サンが大口の主を呼んでくれなかったらどうなっていたかわからない。限界だったんだ。もしかしたら、地図からこの村が消えていたかも、な」
そういうと引きつるような笑いを漏らした。
「それにしても、二人が無事でよかった。タナトスに攻められて大口の中に落ちたって話を聞いたとき、これでも自分を責めたんだぞ。あの時止めておけばよかったってな。本当に良かった。ああ、よかった」
「そうか。俺が謝るのも変だけど……心配かけて悪かったな。こう見えても魔法が得意で、なんとかなったよ」
……気がつけば窓からは夕日が差している。
もうそんな時間になっていたらしい。
スピカは、俺とラークをじっと見つめている。俺は彼女へと言葉をかけた。
「男ばっかりで盛り上がって悪いな。大丈夫か?」
「うん。……人にも色々居るんだなって、話を聞いてた」
「そうか」
一つ頷く。
なんだか、心が軽くなったようだった。俺こそラークにお礼を言いたいよ。
「それにしても」
ラークがポツリと言葉を漏らす。
「大口の主の竜、なーんか人間っぽかったよな。勘弁してくれなんていってさ。へへっ」
心臓が口から出そうになった。
顔が引きつる。……俺は口がうまくはない、自覚している。
助けを求めるようにスピカへと視線を動かすが、全力で顔を引きつらせたスピカも、窓から見える自然へと目を逸らしている。
……おい。
「中に誰かいたりしてな。なんて、んなワケないか。はー、面白れぇ」
ラークはぐでんぐでんに酔っ払い、俺たちのほうを見ずに床に横になっている。
今度はスピカから俺を責めるような視線を向けられた。
壁へと視線を背けた。そのことは反省しているってば。それに、今、ラークが居る前で言うわけにもいかないだろう。
……からかって悪かった。
「ああ、そうだ。二人に聞きたいことがあったんだ。なあ、悪魔の大口の底はどうなっていた?
俺の考えだと、地獄のような景色が広がっていると思うんだ。そうだな、常に火の手があがって、魔物が列を成して地上の侵略計画を練っている。そんな景色だと思うんだが」
そんな俺たちの一瞬の攻防を気にもせず、ラークは疑問を問いかけた。
彼はとても恐ろしいといわんばかりに大げさに肩を震わせる。
俺とスピカは顔を見合わせ、どちらともなく苦笑いを浮かべた。
全然違う。
でも、見た景色をそのまま告げるのもなんとなく気が引ける。”悪魔の大口”の底には絶景が広がっているなんて、唸り声を聞く村人は誰も思わないだろう。
「……内緒だ。俺とスピカ、二人だけの秘密だ」
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