11 一日の終わり

「スピカ、これだよこれ。この結晶が唸り声の正体だ」


 俺の言葉を聞いたスピカは首をコテンと傾げると、大きな目を瞬かせながら疑問を口にする。


「どういうこと?」

「口じゃ説明するのは難しい。近づこう」


 一歩、二歩と地面を歩いた時だった。


 カタカタと振動する音が響いた。

 水晶と水晶の間から、ぼろきれを身にまとった人間の骸骨が立ち上がる。

 スケルトンという魔物が二匹居た。現世に強い遺恨を残した人や、魔力の濃ゆい場所で亡くなった人が意思無き魔物となった姿だ。その動きは遅く、怖い魔物ではない。

 ぽっかりと空いた眼孔の奥に真っ赤な光が見える。その光を断つと物言わぬ死体に戻るのだ。

 体に魔力を流すと、二匹のスケルトンへと向けた手の先から氷を飛ばす。小さく息の抜けるような音がなり、頭蓋の真ん中へと突き刺さった。


 一瞬の後、スケルトンたちは地面に崩れ落る。


 背後から同じような音。

 見ると、魔力光を漂わせたスピカの奥に地面に積もる骨があった。


「無事か?」

「大丈夫」

「しかし……なんでここにスケルトンが」


 口では疑問を浮かべたが、なんとなく理由は想像できた。出来てしまった。

 タナトスは俺たちを口撃する際、反抗した者としてロッジという名前を口にしていた。骨の数は三つ。家族の人数だとしてもおかしくはない。つまり、多分、きっと。


 ……胸糞わりィ。浮かんだ想像を口の中でかみ殺した。


 言葉を口に出すことなく骨を集める。野ざらしにするのは気が引けるので、地面に埋める代わりに地底湖へとそっと沈めた。

 湖面がざわつく。夜空のような群青色の中に、三人分の骨が沈んで行くのをなんともいえない気分で見つめた。

 両手を合わせて少しの間黙礼。


 俺の横で湖面をぼんやりと眺めるスピカは、今、何を考えているのだろう。


「なんつーか、嫌、だよな。……付き合わせて悪かった。結晶んトコ、行くか」


 返事の代わりにスピカの頭がコクンと動いた。

 湖面へ背を向けた俺の後ろを追う気配を感じ、先ほどの続きを口にする。


「……あの結晶はただの結晶じゃない。の結晶と呼ばれるものなんだ。昔旅に行った場所で見たことがあって」


 よみがえる記憶は見渡す限り一面砂の海、デセルト地方と呼ばれる場所。その砂漠の奥地にある神殿だ。


「気の遠くなるような年月を経て、魔力の塊が自然の影響を受けて安定したものだと説明を受けた」

「それで?」

「そうだな。もったいぶるわけじゃないが、風の結晶に息を吹いてみるんだ」


 スケルトンに襲われたこともあり、警戒しながら歩を進める。

 俺たちの立てる歩いた音は反響して、ぼんやり篭った音になって聞こえる。何人かがすり足で移動しているようだ。ちょっと面白い。

 音を楽しみながら歩いていると、風の結晶までの距離はあっという間だった。

 俺はスピカを見て、肩をすくめると手で結晶を指し示す。


「……ふぅー」


 先ほど俺の言葉に従い、スピカは真面目な表情で唇を尖らせて風の結晶に息を吹きかけた。

 スピカの吐息を受けた結晶は微かに振動し、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーン……と音を何倍にも大きくして返した。


「わっ」


 彼女はまるで警戒した猫のようにその場から飛び去り、俺の背中へと姿を隠す。

 その様子がコミカルで面白く、込みあがる笑いを隠しきれずクスクスと笑った。


「……むっ」


 わざわざ俺の前でそっぽを向いて不本意だとアピールするスピカ。ほんのりと頬が赤くなっている。

 その様子すら年頃で味のある動作に感じ、からかいたくなるが、これ以上は本格的に怒られてしまいそうだ。


「笑ってすまなかった」


 努めて申し訳なさそうな顔を作って謝る。それを見たスピカも頷く。どうやら許されたらしい、よかった。


「なんとなく大口の声がこの音ってのはわかった。それで、どうするの?」

「どうするってのは、タナトスをどうするのかって事で、いいんだよな?」

「うん」


 多分、スピカがずっと気になっていただろう質問。



 ニッと唇を上げて笑う。


「どういうこと?」

「タナトスの前に大口の主が現れて、お前なんて知らないと言ったら、どうなる? きっと集めていた信仰も全てなくなるだろうさ。その唸り声はここにある」


 スピカは大口を開けてぽかんとする。


「早速作業に……といいたいが、まずは腹ごしらえに晩飯だな。スピカ、晩御飯、食べられそうか?」

「……少しなら」

「そうか、良かった」

「その前に、ちょっといい?」

「どうした?」


 無言で風の結晶の前に行き、彼女は腹の底まで息を吸った。


「はは、は」


 引きつった声が漏れる。その動作で察した俺は慌てて耳をふさぐ。


「ばーーーーかっ!!!」


 抑えた耳越しにも聞こえる大声。彼女の声は風の結晶によって何倍にも膨れ上がり、反響し、唸り声となって大口の中を駆け巡る。

 耳を押さえていたにもかかわらず、巨大な音がキーン……という耳鳴りとなって残った。

 爆心地であるスピカはあまりに巨大な音で目を回していた。ふらつくからだを支えると、目を伏せて、小声で何かを囁かれた。

 ……すまん、なんて? 多分お礼の言葉だと思うんだが。


 やがて耳鳴りも去った頃、どちらともなく顔を見合わせて笑いあった。


「今頃地上じゃ大慌てだろうな。多分、今まで聞いた中で一番大きな唸り声だったんじゃないか?」

「……ちょっとすっきりした」


 いつもの無表情でそんなことを言うスピカに、俺はまた笑った。




 ■




 パチパチと薪の爆ぜる音。

 俺の前にはすっかり準レギュラーと化した鍋がある。

 今晩のメニューはポトフにしようと思う。今日は色々あったし、スピカもあんまり食欲旺盛といった様子ではない。

 暇を見つけて作っていたコンソメがまだポーチに入っている。これを使えば時間をかけずに直ぐ完成するし、手ごろに腹にたまるし、何より野菜を切るだけで作るのも簡単だ。

 先に食べやすいサイズに切ったアスパラをさっと茹でておく。このとき、少量の塩を湯に入れておくことを忘れない。

 塩を入れることによってお湯の沸点が上がり、冷たい野菜を入れても、お湯の温度が下がりにくくなる。さらに茹でた後の色もよくなるし、野菜などは均一に味が付きやすくなるのだ。

 玉ねぎ、ベーコン、色とりどりの野菜を切って、コンソメスープの中に投入。

 塩、胡椒で下味を整えたら完成だ。


「ほら」

「ありがとう」


 二人ともフーフーとポトフを冷まし、スプーンで口の中へと運んだ。

 口の中を駆け巡る野菜のうまみ。暖かくて安心する素朴な味。これだよ、これ。


「――美味しい」


 眉尻が下がり、ほわっとした表情で嬉しい言葉を言うスピカ。


「そうか。食え食え」


 俺なんか美味しいものを食べるだけで、人生の幸せをかみ締めているからな。嫌なことがあってもなんとなく元気になるのだ。

 そんなことを考えながらお椀の中身を口に運んでいたら、あっという間に空になっていた。

 鍋からおかわりを注いでいると、視線を感じる。

 スピカはそっぽを向きながらおわんを俺に差し出し、おずおずと口を開く。


「……お代わり。もらっても、いい?」

「おう。遠慮するな」


 お椀を受け取るとよそって返す。

 俺たち以外人のいない地下の巨大な空間。そこで息を吹きかけて冷ましながらポトフを食べているのだから、旅っていうのはわからないものだ。こんな出来事でもなければ大口の中にまで降り立ったりしなかっただろう。

 それに悪魔だなんて名づけられたこの場所が、とても美しい景色を秘めていたのだから――本当に面白い。


「ああ、そうだ。食後にちょっとしたデザートを用意しようかと思うんだが、食べれそうか?」

「食べる」


 今日一番機敏な返事だった。

 その言葉を聞いた俺は、苦笑しながらポーチからリンカの実を取り出す。

 リンカの実を見たスピカはゆるゆるっと相好を崩した。……おお、初めて見る顔だ。好物というのは本当だったらしい。


「これを使ってちょっとしたデザートを作るからゆっくり飯でも食べてな」


 スピカは真剣は表情でこくこくと頷いた。

 本当にちょっとした料理の予定だったから、そこまで期待されると緊張するな。苦笑いが浮かび、首に手を回した。

 フライパンを取り出して十分に加熱し、温まったのを確認すると砂糖を流し込む。そこにブランデーをほんの少し垂らした。香りつけだ。

 砂糖が熱によって揺れ動き、姿がだんだんと液体に変わっていく。この間にリンカの実を一口大にカットして串に刺しておく。

 砂糖水がうっすらと焦げ色に変わった辺りで火から離した。それをリンカの実に絡める。


 べっこう飴が固まったら完成だ。

 なんちゃってリンゴ飴……のようなもの、だ。


 いつの間にかポトフを完食していたスピカの前に差し出す。


「男のなんちゃってお菓子だから期待するなよ」

「ううん。サンの作る料理は美味しい。ポトフも美味しかった。ありがとう」

「……そうかよ。そりゃ、どういたしまして」


 スピカは目の前に置かれた皿をそっと手に持つと、串を一本口へと運ぶ。

 瞬間、目が見開かれる。大きな目が輝いた。

 そして――満面の笑顔。

 夜空に瞬く星のように綺麗だった。スピカというのは前世でおとめ座の星の名前だ。きっと、ゲームスタッフがつけたのだろう。

 この名前は今の彼女を現したようだ。なんとなく、いいなと思う。


「ありがとう」

「……おう」


 口に出して言うのは恥ずかしいから言わないが、ニコニコとした笑顔を見つめながら、思う。今日一日本当におつかれさま。色々あったな。せめて美味いものでも食べて、少しでも気を紛らわせてくれ。

 お前はすごい奴だよ。本当に。疲れているだろうから、後はゆっくりと寝てくれ。


 ここからは俺の時間だ。


 おいしそうにリンカの実を頬張るスピカから目を逸らすと、風の結晶を睥睨へいげいする。

 気合を入れて両頬を叩くと、体中に魔力をめぐらせる。


 ……そうだ。せっかくだから気合をこめて詠唱しようか。


「結ばれよ、満ちよ、世界を改変せよ。永久を体現する氷よ。凍てつく世界の剣よ。我が魔力によって顕現せよ」


 極大氷魔法。

 白き永遠エンシェント・フリーズ

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