06 なんとか
一緒に旅をしよう。
俺の言葉を聴いたスピカは驚いた様子で顔を上げると、厳しい目つきで俺を見る。
空気が凍った。
わずかに流れていた悪くない雰囲気が、瞬時に緊迫したものへと変化した。
「何故だ。何故そこまでする。人間を滅ぼすと言った私に、貴方に剣を向けた私にっ! 人間の癖に!」
……考えてみれば当然だった。
彼女は人によって魔王に至るほどの傷を付けられた。同じ人間が旅の誘いなど、どの口で言うのかと思っているのだろう。
多分、きっと、スピカは集落を襲われた時初めて人間と接したのだと思う。
人間は全員愚かで乱暴。欲のために他種族を虐げることを厭わない存在。そう思っている節がある。
まあ、な。
同じ人間同士でさえ争いは絶えず、欲望に限りはない。人間の側面の一つとして事実だ。
でも……それは悪いことではない。欲があるからこそ生活は便利になり、自分を切磋琢磨する理由になる。良い方向に行くか、悪い方面に偏るかは人による。
しかし、スピカが聞きたいのはそういう話ではないだろう。
木々の隙間から差し込む陽光が彼女を染め上げる。スピカは光に包まれているが、細い線はどこか頼りなく儚げだ。
……脳裏に過ぎるゲームでの姿。多幸感も満足感も感じず、絶望の象徴として孤高の雰囲気を放っていた。
なんとなく嫌だと思う。
スピカと視線を合わせる。
重なる焦点。
依然として向けられる厳しい視線。微かに揺れ動く瞳。
今、俺の目の前にいる少女はゲームの姿ではない。しかしこのまま行けば魔王になるのだろう。
きっと、この会話はスピカにとって大事だ。
小さく呼気を吐くと、何をすれば一番良いのかを考える。
……マジックポーチを漁ると妖精の羽根を取りだした。
「俺は口下手だ。上手く伝えれるかわからないからコイツに頼らせてもらう」
そういいながらスピカにもよく見えるように羽根を向ける。昨夜も使用した嘘を見破る羽根だ。
「今から言うのが俺の本意だ。人間として、人を滅ぼすとまで言った存在を野放しにはできない」
俺の真意のひとつ。
この言葉を聴いたスピカの表情はなんと形容したら良いのだろう。先ほどの怒りすら感じる表情ではなく、無表情でもない。真面目で、ただただ――透明な印象を受ける表情を浮かべた。
微かに読み取れる感情は納得、理解。そこまでしか俺にはわからない。
彼女は何かを告げようと口を開くが、その前に言葉を重ねる。
「それに、あー、そのだな。嫌なんだ。ほっとけないんだ」
……くっそ、恥ずかしい。
「お前のことを心配してんだ」
スピカはぽかんとあっけにとられた表情で目と口を開き、俺をじっと見つめる。
……じわりじわりと俺の頬に熱が走る。きっと顔が真っ赤だろう。
羽根は、光らない。
寒くもないのに体に震えが走る。多分俺、滅茶苦茶恥ずかしい事をしている。
でも、視線を逸らさないほうがいいだろう。
小刻みに揺れる羽根先を視界に捉えながら、口をへの形に歪ませスピカの目を見つめる。
一秒。
十秒。
一分。
「……………………おい、なんか言えよ」
数分ほど時間がたっただろうか。
耳すら痛い程に熱を感じ、何も言わないスピカに俺が限界を迎えた。
俺の言葉を聞いたか聞いていないのか、ゆっくりとした速度で細い顎先が動く。気がつけばスピカへと突きつけていた羽根へとゆるゆると動き、再度俺の顔へゆるゆる上がる。
そんな見たって羽根に変化はねーぞ。
……何往復かしたところで本格的にスピカの顔を見ていられなくなった。
「くっそ、恥っず。あーチクショウ」
先ほどの決意なんて簡単に霧散した。
視線を逸らさないほうがいいと思ったのはなんだったのか、俺は羽根をポーチに突っ込むと体ごとスピカの反対を向いて頭を抱える。
がしがし頭をかきむしっていると、後ろからぽつりと空中に溶けるような頼りない声が聞こえた。
「心配されていたのか、私が、人間に。――はっはは、あはは、はははっ」
今まで聞いたことのない軽やかな笑い声。
「……おー、なんだよ。わりィか」
「悪くなどない。……そうか、心配されていたのか」
途中から俺にではなく、自分に言い聞かせるようにスピカはつぶやいた。
俺は自分の顔を手で扇ぎながら小声でつぶやく。
「人間にも色々いるんだ」
そう、色々いる。きっと竜人族にも。
自惚れるわけではないが、俺との出会いが少しでも彼女にとって良い影響となることを望むよ。
それはそうとしてしばらくスピカのほうを見れそうにもない。
未だ下がらぬ顔の熱に、俺はため息をつきながら空を仰ぎ見た。
■
「……いい加減拗ねるのをやめて」
「拗ねてない」
「じゃあ、照れるのをやめて」
「うっせ」
「まるで子供ね」
「ほっとけ」
こらえきれないといった様子で背後から響くからからとした笑い声。
きっと、彼女の持つ本来の気質なのだろう。
「それで、旅といったけど、どこへ向かう予定なの?」
「……。ひとまず俺が行こうとしていたパロース村へ行こうと思っていた。理由は俺の目標である観光ついでに、食料や情報を得る事ができればと思ってな」
「観光ついでなのね」
「そりゃ、せっかくここまできたんだしな。そんでスピカは……どうしたい?」
いい加減体を背けるのを止め、スピカのほうへと向き直る。
俺の名誉のために言っておくが拗ねてなどいない。いないのだ。誰に向けた言い訳かわからないが口の中でもごもごと言いつつ。
振り向いた先にいたスピカ・ベルベットの姿に息を飲んだ。
存在感が違う。まるで別人だ。
先ほどと代わらず陽光を受けているその姿。
清らかな流水のような銀髪、その前髪の下からのぞく瞳。
憎々しげに歪んでいた瞳が、今は楽しげに細められている。たったそれだけだが――どこか溶けて消えそうな印象を受けるほど儚げだった彼女の存在感を変えていた。
なんとなく見つめるのがはばかられ、視線を斜め下へと落とす。そんな俺の様子をどう勘違いしたのか、彼女は口元を手で隠すと鈴の音のような笑い声を上げた。
「あれだけ説かれたのだもの、ご一緒してあげますわ、人間」
……言葉だけ見たら随分高圧的だろう。しかし、目の前の彼女は、とても嬉しそうに笑いながらそう言った。
「へーへー、どーも
「こちらこそ、迷惑をかけると思います。よろしくお願いします」
殊勝な態度で一礼するスピカ。誰だコイツ。
「ったりめーだ。腹を刺された時点で大迷惑だ。だから遠慮しないで悪態ついてろ、そっちのほうがらしい」
「……ふふ」
「……なんだ」
「いえ、ありがとう」
「おう」
……スピカに声を荒げられた時はどうなるかと思ったが、結果、なんとかなってよかった。本当に。
足を崩して俺のほうを見る彼女から目を離し、焚火を消す。その燃えカスを集めると氷で作った桶の中に放り込み、ふたをするとポーチの中へと突っ込む。
炭などは自然で分解されずにゴミとして残り続ける。
別に咎める人はいないし、人の通りが多い野営場所にゴミはごろごろ転がっていたりもするのだが、前世から染み付いた癖のようなものだ。
「……何か手伝うことはある?」
「いや、大丈夫だ。手伝うときは手伝ってもらうから今は休んでろ」
「わかった」
「あー、そうだ。これ、やる。羽織ってくれ」
俺はポーチの中からフードつきのマントを放り投げた。
急な行動に目を白黒させながら、俺の言葉どおりにマントを羽織るスピカ。
「俺の使い古しで悪い。スピカの容姿はちょっと目立ちすぎる。人前に出るときはフードをかぶってくれると助かる」
「……
幾分か落ち込んだトーンで帰ってきた言葉に焦る。
彼女はフードをかぶりながらそっぽを向いた。
「ああいや、すまん。そういう意味で言ったんじゃない。お前美人だからさ、人の前に出たら絶対目立つと思って」
「……そう」
やや数拍おいて、なんとも言えない声色で言葉が返ってきた。マントに隠れて顔は見えない。
そりゃ、いきなり言われたら反応に困るだろうよ。
なんとも淀んだ空気を切り替えるように再度口を開く。
「そんじゃ、行くか。こっちの方角だ。そう遠くないはずだ」
緊張した会話で凝った体をほぐすように動かしながら、立ち上がったスピカに背を向け、歩き出した。
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