05 これから
うっすらと太陽が顔を出し、朝焼けで辺りを染め上げた。
昨夜は蛍火のように辺りを照らしていた魔素は、太陽の下でも変わらずに微かな光を放ち、もやのように辺りを包んでいる。
濃ゆい朝霧もあって自分の線すらどこかぼやけて見える。そんな世界でもはっきりとわかる赤、紫、黄色。この地域特有の毒々しい植物だ。
……相変わらずとんでもなく雰囲気が悪い。
寝床から体を起こすとゆっくり深呼吸。
昨夜はあれから会話らしい会話もなく、俺が取り出した毛布にくるまってお互い就寝した。
ちなみにこの毛布は魔道具で、魔力を流すと自動で汚れを落としてくれる優れものだ。寒冷地帯や冬でも旅を行う事を考えて複数枚購入しておいて本当によかった。なんなら俺が何も羽織らずに雑魚寝まであったからな。
魔物避けの結界も設置して周囲への警戒も怠たってはいない。とはいっても油断は禁物、強い力を持つ魔物や結界を避ける能力を持った魔物もいる。まあ、そんな魔物はめったに居ないのだが。
……それにしても昨夜の森はざわついていた。爆発の影響だろう、動物や魔物が活動する様子が伝わってきた。
魔物、動物、そして快眠できなかった俺。全員に不幸な出来事だったな。
上体を起こして体に
内容は当然、焚火跡を挟んだ反対側で寝息を立てているスピカ・ベルベットについてだ。視線だけで様子をうかがう。
疲れているのだろう、くうくうと寝息を立てるスピカ。
改めて日の下で見る彼女の容姿は、やはりとんでもなく際立っている。まぶたは腫れぼったく、頬には涙の跡があるが、それでもスピカの端正な顔立ちに陰りを与えるには及ばない。
処女雪のような印象を受ける白い肌、すっと抜けるような鼻筋、紅を引いたような唇。ほっそりとした輪郭は儚げで、神秘性をすら感じさせる。愛想良く微笑みの一つでも作れば傾国の美貌だといっても過言ではない。
年齢は人間だと16歳程だろうか。
長命だけではなく、強力な身体能力を持ち、魔法にも明るいという全部乗せっぷり。熟練した竜人は燃え盛る火炎を吐く事もできるらしい。
種族唯一の欠点は子供の出来にくさだろうか。そのぶん種族間の愛情や結びつきはとても強い。それはスピカの様子からも伺えるだろう。
竜人の特徴である角からは身体能力を底上げする薬が作れるだとか、ウロコを煎じて飲むと難病に聞く薬が作れるだとか、そんな眉唾な噂を耳にしたことがある。
スピカの集落を襲った人間も噂を信じ込んだのだろうか。……なんにせよ迷惑な話だ。
この問題児と、今後どうするか、である。
スピカとここで別れると魔王エンド一直線になりそうだし、別の問題としてスピカの種族と見た目が優れ過ぎている。一人なら絶対悪目立ちする。
スピカの戦闘能力の高さも頭を悩ませる。暴走して人間の集落に突撃、破壊と殺戮をまき散らしてもおかしくはない。
人間の俺が宥めた所でスピカが話を聞いてくれるかはわからない。……竜人の同族が言い聞かせたら魔王への進化は収まるだろうか。それならば、竜人の集落へ送り届けるのが一番か。
最低限信用できそうな竜人の元へ届けるまでは自分が目を離さないほうがいいだろう。
なんだかんだ言ったが、俺が単純に、目の前の彼女を放っておけそうにない。
「……うっし」
行動指針は決まった。後はしばらく一緒に旅をしようとスピカを口説くだけ。
朝飯の準備でもしようと毛布から這い出る。……じっとりと張り付くような湿気の強い空気を全身に浴びてなんとも言い辛い気分に包まれた。
焚火跡にある炭などは湿気で濡れて使い物になりそうもない。ポーチをごそごそ漁ると適当に着火剤になりそうなものを取り出す。
重ねてポーチを漁り、朝食の具材になりそうなものを探した。
乾麺の束。朝食はパスタだな。
レシピを適当に考えながら、スピカが起きるまでの時間で魔法の鍛錬でもしようと立ち上がった。
適当な木に寄りかかると目を閉じる。
ゆっくりと体中に魔力を行き渡らせ、少しづつ体の外に放出する。
あたりに放出した魔力を四散させないように塊の状態にし、その状態で呪文の発露となる引き金を引く。
1、10、20――50。
俺を中心に出現した青白く光る球状の塊は一拍事に数を増してゆく。
その塊のコントロールを離さずに、魔法としての神秘を発現させながらさらに操作を行う。
氷の塊10個を一纏めにし、巨大な塊に姿を変えさせる。逆に分散させて面の状態を維持、気分は弾幕だ。
俺の周りを高速かつ等間隔で移動させたり、慣性に任せ、不規則な軌道を描かせたり。
この氷の粒ひとつひとつが下級氷呪文だ。魔力の消耗を考えると上級呪文をぶっぱしたほうが良いのだが、旅をしているとこの森のように広範囲に高威力の魔法をブッパすることが難しいこともある。そういう時に便利であり、そして、俺の鍛錬に最適なのだ。
ただ欠点がひとつある。
寒い。そりゃあ、氷の粒が至近距離で飛び回っているから当然なのだが。
「ぶえっくしょい。うー寒……おはよう」
「……むちゃくちゃだな」
いつの間にか目を覚まして俺のことを見つめるスピカに挨拶を投げる。
太陽が昇ってからさほど時間もたっておらず、起床するには幾分か早いだろう。
「早いな」
「バカみたいな魔力が横で使われているんだ。嫌でも目を覚ます」
「……そいつはすまんかった」
「昨夜の無茶な飛行でも思ったが、貴方の魔力量とコントロールは異常だ」
「そうか」
目を閉じるとひとつ頷く。いやまあ、自覚はしている。
……魔法に浮かれて自分の限界に挑戦し続けたのは否定できない。
「まあ、たまにはこんな人間もいるさ」
これから産まれるだろう勇者やヒロイン、仲間になるメンバーとかな。
「朝飯を作ろうと思うんだが、苦手な食べものや体が受け付けないものはあるか」
「大丈夫だ。……感謝、する」
「……あいよ」
言われた感謝の言葉に少し驚く。一晩たって多少なりとも落ち着いたのだろうか。それは良いことだ。
またひとつ頷く。
†††
フライパンにバターを投入。むわっと香る強い匂い。鼻奥に訴えるこの匂い、俺は好きだ。食欲をそそる。
……おなかの音がなる。スピカのだ。
横目でちらりと伺うと真っ赤になって俺をにらむスピカと目があった。恥ずかしかったらしい。
バターはすぐ焦げ付くため、焦げ付かないように丁寧に溶かしていく。しっかりとバターが溶けたことを確認するとポーチから牛乳を取り出す。
バター1に対し、牛乳3となるようにフライパンに流し込んだ。ゆっくりとヘラでかき混ぜるとミルクとバターの混ざった甘い香りが漂う。バターと牛乳がしっかりと混ざったことを確認すると小麦粉を気持ちふりかける。こうすることで味に奥行きととろみが出るのだ。
混ぜていた箸から指先に少したらすと、それを舐める。
「あっつ。……うん、うまい」
砂糖が入っていないので甘さは控えめだが、間違えることのない生クリームの香り。
刻んだニンニクを炒めつつ、茹でている乾麺を一本食べる。……まだ芯が茹だっていない。
保存食の干し肉を取り出すと適度な大きさに切り、ニンニクを炒めているフライパンに投入。油の弾ける軽やかな音が響いた。
腐らないようにしっかりと様々なスパイスで味付けされた燻製肉はそれだけで強い味を持っており、塩胡椒を振らずとも、パスタのソースに奥深い味を作り出してくれるだろう。
干し肉に火が通るのを待ち、先ほど作った生クリームの代用品を豪快に流し込む。
ここで俺特製、隠し味の登場だ。
海の幸である干し昆布を細かく刻んだものを振り掛ける。こうすることで豊かな風味を演出してくれる。
茹で上がったパスタをそのままフライパンにいれ、気持ち火を通すように炒めると……完成だ。
ほくほくと湯気を立てるカルボナーラ。
皿に取り分けるとスピカへ差し出す。
「朝飯だ」
返事こそないものの、上目遣いで俺を見るとこくりと頷く。
スピカから数人ほど離れた距離に俺も座ると、朝食に向けて両手を合わせると口の中で頂きますとつぶやいた。
出来立てのカルボナーラを口に運ぶ。
ガツンと喉奥を通り抜ける濃厚なクリームの香り。……うん、うまい。
スピカの様子はといえば、上品としか言えない仕草で皿からパスタを掬いあげていた。
音はたてず、物腰は緩やか。わずかに崩したひざ先からも気品を感じることができるだろう。
そのままパスタを口に運んだかと思えば……かすかに目を見開く。小さくこくこくと頷くと、気持ち早めにパスタを口に運んだ。
なんとなく達成感。やったぜ。
かすかに立てる食器の音のみが森に響く。
皿からパスタがなくなったのを見届け、俺はスピカへと口を開いた。
「あー……なんだ、その、だな。スピカはこの後どうするつもりなんだ」
スピカは無言で俯くと、突貫衣の裾をきゅっと強く握る。
……そうだよな。彼女自身どうしていいかわからないのだろう。
「なんだ、俺は色々な所を旅している。この森に来たのもパロース村に観光に行く途中でな。妖精族の里にも行ったことがある。……ほかの
緊張して乾いた唇を舌で湿らせる。
こういうのは苦手だ。
「それまで……一緒に旅をしないか?」
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