04 会話
最後に薄い氷から飛び降りると……地上へ到着した。
消費した魔力以上に気疲れしていたのだろう、地面を踏んだ安心感からほっと一息。
降り立った地面は先ほどとはかなり離れた場所だ。
……スピカが横になっていた毛皮は爆発に巻き込まれてお陀仏しただろうか。毛並みが良くてお気に入りだったのだ、少し悲しい。
それにしても。
「あ゛あ゛ー疲れた。ああやって空を走ったのは初めてだったけど案外なんとかなるんだな」
ぎょっとした顔でこっちを見てくるスピカ。おー、初めてみる表情だ。
だって、そうだ。
誰も好き好んで薄氷を踏んで空を走り抜けたいとは思わない。一歩間違えたら即死亡の恐れがあるし、魔力だって無限ではない。無茶な行動によって精神的疲労も
それならば自分の足で歩いていくか、馬車のような足の代わりになるサービスを利用したほうが圧倒的に楽だ。
「ま、お互い生きていてホントよかったな」
「……ばか」
そっぽを向いてため息ひとつ。
俺もそう思う。
「さて、とりあえず飯食うか。鍋、持っててくれてありがとうな」
手渡した鍋を受け取り再度温める事にする。
薪は手っ取り早くポーチから取り出した。火種は指先一つで解決だ。
ついでに毛皮を二つ取り出し、俺とスピカの座る場所も確保。
「火が安定するまで少し喋らないか? まあ、人間と喋りたくないなら俺が勝手にしゃべる」
返事こそないものの、スピカはじっとこちらを見つめてくる。
……ほんの少し前までのように、会話を拒否して武器を振り回さないだけありがたく思うよ。
再度口を開く前にポーチをごそごそと漁る。
目標物を取り出し、スピカに見えるように差し出した。
「これ、知ってっか?」
俺が差し出したのは妖精の羽根と呼ばれるマジックアイテムだ。
妖精族の背中にある羽根、その実物ではない。妖精族のみが作ることが出来て、羽のように見えるためそう呼ばれている。
無言でふるふると首をふるスピカ。知らないか。
「これは……まあ、見てくれ」
そういうと唇を舌で舐め、少し息を吸う。
羽根をしっかりと握りしめると口を開いた。
「俺は妖精族と縁があり、友好の印としてこのアイテムを譲り受けた。……変化はないな」
俺の言葉通り、妖精の羽根はうんともすんとも言わない。
次から述べる言葉は今のスピカの前であまり言いたくはないが、それでも言わなくてはならない。
「俺は妖精族へと侵略し、このアイテムを奪った」
そう“嘘”を告げた途端、妖精の羽根は強く発光する。俺の嘘を見破ったのだ。
「この羽根を握った状況で嘘をつくと、このように光を放つ」
……人間の間で認知こそされていないが、このアイテムを知った人はこぞって欲しがるだろう機能をしている。友好の印として頂いたもので、いくら大金を詰まれようとも手放す気はないが。
「宣言するぞ。俺は人間も獣人も、それこそ魔物だろうと、言葉が通じるならば差別も特別視もしない」
俺っぽっちの言葉がどこまで効力があるかはわからないが、少なくとも、今のスピカには聞いておいてほしい。
言葉を重ねる。
「俺は
羽根は光らない。
「ま、そういうこった。一応、また嘘つくぞ。俺は、人間じゃない」
再度妖精の羽根が光を放ち、辺りに濃い影を作った。
別にこれで信頼してほしいと思っているわけではない。おそらく彼女は孤立無援の状況。一人くらい気を張らずに居れる場所があったら、それはきっとスピカにとって楽なのではないかと思ったのだ。
彼女の様子を横目で伺うが……特に目立った反応はない。
「貸して」
無言で差し出す。やましい事は何もない。
「私は
小さく囁くような声でスピカは言葉を放つ。羽根は光を放った。
「……私は人間を恨み、滅ぼしたいと思っている」
羽根は、光らなかった。
……まあ、そうだわな。
スピカの様子から見るに、故郷が滅ぼされたのは間近の出来事。ボロボロの衣類、破れかぶれで捨て身の行動。下手をすれば数時間前、俺と出会う寸前の出来事でもおかしくない。
この森の中に
……気にならないと言ったら嘘になるが、確認するために問い質すとそれこそ藪蛇になりかねない。スピカは目の前で両親が殺されたと言っていた。他者から事実の確認をするのも惨い状況だろう。
「なあ、これだけ聞いてもいいか? 答えたくなかったら羽根を渡してくれて構わない」
「……ん」
「スピカは、生きたいと思っているか?」
「私はまだ生きていたい。死にたいとは思っていない」
羽根は光らなかった。
「ありがとうな。……飯にすっか」
いつの間にか、火は形を大きく変える事なく、安定した熱と光を俺たちの間に届けていた。
鍋をくべる。
しばし、俺たちの間を静寂が包んだ。
影はさらに濃くなり、辺りからはすっかり夜の香りが漂う。
さざめく虫の声を聞きながら、吹っ飛んだお椀の代わりに新しく容器を取り出し、シチューを注ぐとスピカへ渡した。
彼女は無言で受け取ると……そっと口を付ける。
「どうだ、うまいか」
「……お母さんの作る料理の方が、おいしい」
なんとも可愛げのない言葉を言いながら、彼女の頬にはまたぽろぽろと涙が溢れていた。
温かい物を胃に入れて緊張がゆるんだのだろうか。
俺はそっぽを向いて、気が付かないふりをしながら自分の食事を片付けた。
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