第23話 破滅の夜明け

 恋のしろがねの愛銃は、かつての大戦争に用いられた、高性能ライフルである。


 その原理は、火薬にたよった原始的なものではなく、電磁加速式を用いる。


 その利点の一つとして、電圧の調整による、弾速の変化があげられた。


「電圧最大っと」


 銃身側部の操作パネルを、恋が弄る。


 彼女は今、銃身への負担を考慮して抑えていた弾速を、最大限に高めようとしていた。


 引き金を引くと、銃口から、今までの比ではないスピードで、銃弾が飛び出していった。


 弾丸は、音速を超えた証左である、ソニックウェーブをまとう。


 だが、しかし――


 リルルルル


 音速弾は、同じくソニックウェーブを発生させた触手によって、難なく叩き落とされる。


「ちっ! デカイ眼をしてるだけあって、いい動体視力だ。触手もよく動く」


 鉄壁の防御に、さすがの恋も舌を巻く。


 すかさず、アバドン蟲が反転攻勢に出た。


 今度は家など持ち上げずに、触手そのものを駆使して、ぐんぐんと前進する。


 信号機が、乗用車が、アスファルトが、バターみたいに切り刻まれていく。


「どうする? どうするか?」


 最善が思い当たらない恋は、アイディアを一つずつ試していくことにした。


 二連射。曲撃ち。跳弾。


 そのどれもが、変幻自在に蠢く触手に、完封される。


「やはり、あの触手は、鞭の類じゃあないんだな」


 人間の扱う鞭のように、手元で操作するだけのものなら、この自由度はありえない。


「多分、運動神経が隅々まで張り巡らされていて、触手全体を随意にコントロールしているんだろう」


 恋が攻めては、アバドン蟲が防ぎ、アバドン蟲が攻撃しては、恋がやりすごす。


 一進一退の攻防が繰り広げつつも、状況は確実に変化している。


『触手の運動は複雑だが、スピード自体は、熟練者の鞭とほぼ一緒』


『触手に反して、本体の動作は鈍重』


『切れ味鋭いのは先端一メートルまでで、残りはなまくら』


 一接触ワンアクションの度に、確実に恋は敵の手の内を暴いていく。


 同時に、恋の情報も一枚ずつ敵に剥かれていく。


(連射速度。最大連射数。空中での射撃精度。この辺りはもう見当がつけられたか?)


「くくくく」


 恋の口元が自然と緩む。


 直情径行な性格に似合わず、このような知能戦が、恋は大好物だった。


「おっといかん。今は楽しんでる場合じゃないな」


 アバドン蟲の尾の付近で、今も苦しみ続ける水来を見やる。


「そんな辛そうな顔をするな。すぐに助け出してやるからな」


 再度を顔を引き締めて、アバドン蟲を睨みつけた。


 キュイイイイ!


 丁々発止の攻防を繰り広げる一人と一匹に、側面から、激しい吠え声が浴びせられた。


「な、なんだあ?」


 リルル?


 土煙を巻き上げて、魔人蛭の大集団が、恋たちに向かってきている。


「な、なんて数だ」


 昨日遭遇したどのグループよりも頭数が多い。


「六角町遺跡の最大派閥か?」


 終が、雑居ビルの陰から顔だけ出す。


 魔獣の群れは、あっという間に恋とアバドン蟲に肉薄する。


 キュイイアアアアア!


 そのまま、両者の区別なく攻撃を開始した。


 戦場は一対一から、三者入り乱れた複雑な様相を見せる。


「ええい、クソ。邪魔だ! お前ら」


 屋根によじ登って来る魔人蛭たちを、恋が次々蹴り落とす。


「し、しかしこの状況は悪くないぞ」


 一方の終は、魔人蛭から逃れようと、雑居ビルの非常階段を、屋上へと駆け上っていた。


「どんなにアバドン蟲が強くても、一対一なら最終的には間違いなく恋が勝つ」


 ナット村民の誰しもが、確実に同じ予想を口にする。


 より強力な魔獣との戦いからも、彼女は何度も生還してみせているのだから。


「だが、最終的にじゃダメなんだ。僕たちは水来を迅速に救助しないといけない。あの貴重な超人のモルモットを」


 終の顔に、いつもの邪な笑みが浮かぶ。


「乱戦になれば、紛れの比率が大きくなり、結果アバドン蟲に隙が生じやすくなる」


 言いつつ、屋上のドアを開く。


 二分ぶりに見た、ビルの外の光景。


 激しく振り回されるアバドン蟲の触手によって、無数の塵が巻き上がり、暗い視界をさらに悪化させていた。


「え、ええええ?!」


 そんな悪視界の中にあっても、そのショッキング映像は、終の網膜に鮮明に映し出される。


 キシャアアアア!


「き、鬼雷蜘蛛!?」


 自分が爆弾であることを知らない哀れな生物兵器が、仲間である魔人蛭に加勢すべく、猛スピードでアバドン蟲に向かってきているのだ。


「来るな、バカ! お前が来たら取り返しのつかないことになるんだよ!」


 恋も大慌てで、鬼雷蜘蛛に発砲をくり返す。


 もちろん、本体に当てることはできないので、敵前足を狙った威嚇射撃をするしかない。


 だが、その個体は義侠心に溢れているのか、まるで怯む気配がない。


 ついに、最前線に到達してしまう。


 リルル


 アバドン蟲が、冷めた目で、その姿を見下ろした。


 キシャシャ!


 鬼雷蜘蛛は、身体をのけぞらせて、少しでも自分を大きく見せようとする。


 アバドン蟲の触手が、いとも容易く、その身体にまとわりつく。


 直後―― 


「「ああ!?」」


 恋と終の悲鳴をよそに、アバドン蟲の猛パワーで、鬼雷蜘蛛の巨体が放り投げられる。


 巨体が軽々と宙を舞った。


 上昇軌道から落下軌道へ。


 重力が、みるみる鬼雷蜘蛛の身体を加速させていく。


 遠く離れた二階建てスーパーに、轟音と共に落着する。


 同時に、強烈な爆発が起こった。


 土日には多くの住民でごった返した商店街が、膨れ上がった爆炎に、跡形もなく消し飛ばされる。


 ほのおから放たれる輝きは、まさに夜明けの如しである。


「や、やりあがった」


 ビルの屋上で、終が立ち眩みを起こす。


(鬼雷蜘蛛の爆発する性質を知っていて遠投したことは、もちろん評価できる。だが、それじゃあ不十分なんだよ。そもそも、爆発させた自体でアウトなんだ)


 この地底空間は、すでに限界に達していて、もう一度大きな衝撃を与えられれば跡形もなく崩壊する。


 いかに知能が高くても、そのような科学的所見を、魔獣がもちうるわけがない。


 六角町遺跡が激しく揺れはじめた。


 先日の振動とはまるで比べ物にならない。


 揺れは時間と共に収まるどころか、さらに激しさを増していく。


「この揺れがピークに達したら、岩の天蓋が全て振ってきて、遺跡は跡形もなくなる」


 降り注いだ岩が、そのまま中にいるものたちの墓石の役割を果たすだろう。


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