第18話 けものみち
キュアアァァァ!!
激しい怒りに満ちた、魔人蛭の群れが、チームQを取り囲んだ。
水来たちが帰路について、まだ五分と経っていない。
「すごい剣幕だね。……まあ、当たり前だけどさ」
水来の声には、どこか
けして、敵の数に恐れをなしたわけではない。
水来は、元来優しい気性である。
それが、敵の怒りの理由まで、推し量ってしまっているのだ。
「なら、どうする? 手足の一本でも差し出して、許しを乞うか?」
恋が、水来の葛藤を見透かしたように訊く。
「……」
水来は警戒態勢を維持したまま、意識の一部を、思考の海へと潜らせる。
(今の俺は、おそらく、光射す正義の側には立っていない)
魔獣たちは、自分たちの縄張りの中で、ただ生きていただけにすぎない。
そこに土足で荒らしたものたちに、怒りを燃やすのは当然のことである。
彼らは、俺に報復する権利がある。
なら、自分たちはどうか?
何か権利は有しているのか?
あるのかもしれない。
ないのかもしれない。
少なくとも、俺たちが
この六角町遺跡は、ナット村にとって無くてはならない。
俺に何かあったら、ナット村の村人たちまで、不幸にすることに――。
ここまで考えて、水来は激しく
いいや、違う。
ずるい。
俺はウソをついている。
「考えはまとまったか?」
恋に問われ、水来は、自分たちを包囲する魔獣たちを、そっと見た。
「少なくとも、
「……」
恋は何も応えない。
「しかし、しかしだ。俺だって生きたい。こんなところで死にたくない。『自分』が消えるのが死ぬほど怖い。……だから、精いっぱい抵抗する」
それっぽっちの理由しか持たない自分を、水来は最低な奴だと卑下していた。
「ははは。実にいいぞ、水来。実に私好みの回答だ」
ところが、そんな水来を、恋が好意的な微笑で迎えた。
「『生きる』ってことは難儀なことさ。キレイごとだけじゃ、とてもやってけない。だから、きっとお前は間違ってない」
真面目な発言をした自分に照れたのか、「さ、さてと」と、恋が強引に話を打ち切った。
「敵は三十体そこそこ。いっちょやってやるか、水来」
「……ああ、今日は俺もがんばるよ」
決意を新たにした二人の耳に、不意に、大声が届く。
「いいか! 二人とも!」
道に打ち捨てられたトラック、その
「絶対に勝つんだぞ。何があっても、ナット村のダイヤモンドであるこの僕に、傷一つつけさせるんじゃない。自分たちの命よりも優先しろ」
「「……」」
終のろくでもない命令に、せっかく高まったテンションが、がくっと下がる。
キュイイイイ!!
水来たちを包囲していた魔獣の群れが、ついに動き出した。
一斉に包囲の輪を窄め、全個体が前進してくる。
「う、うわわわ」
終は、泡をくって、コンテナの扉を閉めた。
「ふふふ、こんな
恋が、目をギラギラと輝かせて、
「後ろは俺がカバーする」
水来は、射撃中がら空きになる、恋の背後を守る位置取りに着いた。
キュウウウウ
一番槍の魔獣が一体、水来に肉薄してくる。
3メートルの巨大蛭に、人間の手足というフォルムは、何度見ても怖気が走った。
キュッ!
魔人蛭は、首をギュンと伸延させて、いきなり水来の
野生らしく外連味の一切ない攻撃。
それも、かつては、水来に痛打を浴びせた一撃である。
「……」
だが、かつてと今では、あまりにも状況が違っていた。
今の水来には、自分の能力をかくす必要がない。
水来の右腕が
!!?
魔人蛭の首が、その瞬間宙を舞う。
地面に転がった首級は、まだ水来に噛みつこうとしていたが、水来は素早くそれ
を縦に
魔人蛭の生命活動が容易く停止した。
「ま、まずは、一体」
水来の右腕からは、長大な刃物が生えていた。
円弧を描く、分厚い刃は、バイクだって真っ二つにしてしまいそうである。
水来の腕部を柄に見立てれば、腕自体が、大型の斧になったようにも見えた。
「い、いくぞおお」
殺るか、喰われるか。
決死の覚悟を固めて、水来は魔人蛭の大群との大立ち回りをはじめた。
水来の斧が振るわれるたび、一つ、また一つと、魔人蛭の胴体が首と別れを告げる。
「……、二体、三体、四体、五体―――」
本領を発揮した超人は、こともなげに魔獣たちを屠っていく。
「よっ、はっ、いよっと。ははは、いい動きだぞ、お前ら」
無邪気な笑い声をあげる恋は、嵐のような攻撃の中に身を置きながらも、軽やかなステップで身をかわし、反対に魔獣たちの脳天に風穴を開けていく。
「…………なんだ、思ったより楽勝じゃないか」
トラックのコンテナの中から、終がほっと息を吐く。
覚悟を決めた超人と、限りなく超人よりの戦闘狂。
「なんだか、ちょっと魔獣共が哀れに感じられてきたなあ。ふはははは」
終の勝ち誇った発言に、抗議するタイミングで、その唸り声は上がった。
キシャアアアアア!
「げげっ! あ、あいつは!?」
終の顔が一気に青ざめる。
その視線の先には、この状況の諸悪の根源、〈鬼雷蜘蛛〉がいた。
「よ、よりによって、あの特攻生物が……」
殺せば爆発するよう設計された魔獣と相対するにあたっては、『けして殺さないこと』が要求される。
その勝利条件は、名うての戦士であっても、けして簡単なものではない。
しかも、鬼雷蜘蛛は、明らかに魔人蛭と呼吸を合わせて、水来に襲い掛かっていく。
絶好調だった水来が、あっという間に、苦境に追いやられた。
「む? あの息の合いようは?」
終が何かに気付く。
「急場のコンビネーションじゃない。明らかにあの二体は、息の長い協力関係にある」
異種の魔獣同士が手を組むというのは、むしろままある話である。
特に、魔人蛭と鬼雷蜘蛛は、お互いに餌が全く異なる。
こういう二種が、ウィンウィンの関係を築くのは、そう難しくは無いだろう。
「ただ、そうなるとちょっと妙なことになるぞ……」
終が、戦場から視線を切って、ある方角を向いた。
この六角町遺跡の出入口であるトンネル。
あれが、鬼雷蜘蛛の爆発によるものであることは、今更疑うまでも無い。
だが、それが問題なのだ。
「魔人蛭が鬼雷蜘蛛と仲がいいなら、あそこで鬼雷蜘蛛を殺したのは、一体誰なんだ?」
解答はシンプルである。
この遺跡には、三種目の魔獣が潜んでいる。
そして、その三種目の魔獣は、これだけ場が煮詰まった状況においても、誰の目にも止まることなく、隠密行動を続けている。
これだけで、高い知能と慎重さを併せ持つことが、簡単に想像できた。
「!?」
視線に全身を嘗め回されるような感触。
終の全身に、寒気が走った。
振り返る。
「うっ!!」
一瞬、遠くの雑居ビルの間に、巨大な眼球が浮かび上がったように見えた。
ただ、それは一つ瞬きをする間に、もう影も形もない。
「き、極限状態の恐怖からくる幻覚か? ……それとも?」
今のが真実か虚影か。
それを終が知るのは、すぐ後のことであった。
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