第15話 故郷はいまや近く


 当初、水来は遺跡と化した街そのものには、何の関心も無かった。


 日本中どこにでもあった、一山いくらの街並み。


 少年の興味の対象にはなりづらい。


「むむ? むむむ!?」


 ところが、家屋の一つ一つが、その並びが、やけに心の琴線に触れてくる。


 水来は戸惑っていた。


「どうした? 遅れているぞ」


 隊長として、歩調の乱れを、恋が指摘する。


「ああ、ごめん。ちょっと、この遺跡が気になってしまって」


「それは、具体的にどのようにだい?」


 科学者としての好奇心からか、当時の人間である水来の感想を、終が聞きたがる。


「そんな大したことじゃないんだよ。この街がさ。見ていると何か懐かしくなるというか」


「「……?」」


 二人が不思議そうな顔を見合わせた。


「おかしなことを言ってごめんよ。ここが俺の故郷の六角町な訳がないものね」


 それこそ、どれほど奇跡的な確率を引き当てたことになるのか。


 自分で言って、水来は苦笑した。


「ここは、六角町だぞ」


 恋が平然と言った。


 極めて重大な情報が、いともたやすく告げられたのだ。


「………………は?」


「だから、ここはお前の古里だと言ったんだ」


「え? え? え! えええええええ!?」


 水来の絶叫が、岩のドームにわんわんと響いた。


 プルルルルルル


 恋の肩に装着されていた携帯が着信音を奏でる。


「もしもし、こちらチームQ」


『こちら本部。谷口さん。あなた方の声がやかましいと、他チームから苦情が入りました』


 冷ややかな口調が、水来の耳にまで届く。


「それは私のせいじゃない。新入りの水来が突拍子もなく叫んだんだ」


『新人のミスは隊長の責任です。手取り足取り、きちんと指導してあげるべきです』


「……はい、分かりました」


 神妙な声を出しつつも、こちらの姿が見えないのをいいことに、恋はベロリと舌を出す。


『一応言っておきますと、カメラ機能はオンになってますからね』


「え? ウソ?」


 恋が慌ててスマホを確認する。


「あれ?」


『はい、ウソです』


 そう言うと、通信がブツンと切断された。


「く、くそお」


 いい様にあしらわれた恋が地団駄を踏む。


上杉立波かみすぎたてはめ! いつも私を馬鹿にして」


「仕方がない。そんなからかいやすい脳みそをしていたら、誰だってちょっかいを出したくなる」


 終があざ笑った。


「黙れ! そもそもオペレータという役職がいらないんだよ。現場の好きにやらせてくれた方が、よほど効率が上がると思わないか」


「やれやれ。またお得意のオペレータ不要論か」


 終が面倒くさそうに、鼻息を吐いた。


「なぜみんなこの主張に耳を傾けないのか、不思議で仕方がないよ。ああして現場の人間をからかって高いお給料をもらえるなんて、絶対に間違ってる」


「上杉オペレータにからかわれてるのは、お前だけだろ。それに給与額だって、業務内容からすれば、適正の範囲内だ」


「現場とほぼ同額と言うのは、納得がいかない」


「それは逆に差別じゃないか? 君ら現場の人間は僕らをいつも小ばかにしてるけどさ。後方には後方なりの苦労や覚悟が――」


「そんなことはどうだっていい!!」


 こらえきれずに、水来が会話に割って入った。


「それよりっ! ここが六角町ってどういうこと!?」


「なんだ。まだその話か」


 恋が、面倒そうな口調で応じる。


「重要なんだ。ものすごく」


 水来がその態度に不満を露わにした。


「君らなんだい。こんな大切な情報を今まで黙っているだなんて」


 裏切りにも似た不義理に、水来の目が潤んだ。


「ええい、いちいち泣くな」


 恋が飽き飽きした調子で言う。


「当然知っていると思ったんだ。他意はない」


「そうだぞ、恋の言う通り。……ん? 『恋の言う通り』? 我ながら不本意な言葉を使用しているな」


 終が嘆くように目を閉じた。


「うるさい! ……それに水来だって不注意だぞ。旧遺跡だって同じ六角町なんだから、自分で気づいてくれればよかったんだ」


 その点に関しては、水来にも言い分がある。


「あっちは新市街地なんだよ。俺みたいな旧市街地出身者には縁もゆかりもない」


 六角町は、極めて二極化の進んだ市町村だった。


 海外ではイギリスなんかもそうだと聞く。


 富裕層と労働者階級がはっきりと区別され、住んでいるエリアから利用する店まで、明確に線引きされる。


 当時の町議会では、この格差是正をどうにかすべく、日々激論が戦わせられていた。


 もっとも、この遺跡を見る限りでは、世界が滅びるその日まで、問題は一歩も解決に近づかなかったようではあるが……。


「ああ、そういや親父も似たようなことを言ってたな。子供の頃、新市街地の店に買い物に行ったら、店員に差別されたとか」


「あれ? 恋の父親もここの出身だったっけ?」


「そうだぞ」


「なんか、南の方から村に来たって聞いたことがあるけど」


「うーん。私の生まれる前の話でよくは知らないけど。なんか、終戦直後は別の村で生活してたらしいんだけど、何かトラブルがあったらしい」


「トラブル? まさか女性がらみとか?」


 終がいやらしい顔つきになる。


「本人に訊け。具体的なことを娘の私にも一切教えてはくれない。ただ、それで色々イヤになった親父が、故郷の上にあるこのナット村に帰ってきたらしい」


「ふうん」


 恋と終の雑談に、水来は耳を傾けてはいなかった。


「ここが……、俺の故郷……だって?」


 あまりに唐突な展開に、舌も満足に回らない。


 ただでさえ、初陣の緊張で、いっぱいいっぱいだった水来である。


 そこに衝撃の新事実をさらに乗っけられては、普通なら気持ちが潰れていてもおかしくはなかった。


 そうならなかったのは、一重ひとえに、この新事実が必ずしも悲報にはあたらなかったためであろう。


(帰ってこれたんだ。俺と母さんのいた六角町に)


 とうに諦めていた帰郷を果たせた。


 嬉しいのか、哀しいのか、怖いのか。


 現状、水来の心模様は複雑を極めた。


 タタタタッ――


「「「!?」」」


 軽機関銃の軽やかな発砲音が、淀んだ空気をつんざいた。


 チームQは、互いが背中を預け合って、周囲を警戒する。


「音は遠いね」と水来。


「一か所じゃないぞ」と終。


「もしもし、こちらチームQ。この銃声はなんだ?」


 恋はスマホで本部と連絡を取っている。


『こちら本部。現在、チームB、E、M、Nが敵魔獣と交戦中です』


「魔獣の種類は?」


『全て魔人蛭です。青矢班長から報告のあったアンノウンではありません』


「ほっ、よかった。横取りはされなかったみたいだ」


 恋が好き勝手に安堵をする。


『チームQの進路上にも魔獣の巣がある可能性が高いです。どうぞご用心を』


 三人は、慎重な足取りで、かつての六角町の深部へと踏み込む。


「「「……」」」


 もう誰も、先ほどのような軽口は叩かない。


 いまだ耳を撃つ発砲音。明らかに濃さを増した臭気。空気の淀みも悪化して、息をする度に苦みを覚える。


(近い。何かが近いぞ)


 家屋の痛み方に、経年劣化とは思われないものが、目立ちだす。


 レモン色に輝く街灯の真下にある、小さな十字路を直進しかけた。


「「!!」」


 水来と恋が、すばやく身体を十字路から引っ込めた。


「え? 何? ……ぐえっ!?」


 棒立ちしたままの終を、恋がフェンスの背後に引っ張り倒す。


「ら、乱暴な真似は――」


「「しぃーーーー」」


 水来と恋に二人がかりで睨まれては、さしもの終も黙り込んだ。


「そっと確認しろ。十字路の右方30メートルほどの町工場だ」


 恋が状況を把握していない終に説明する。


 三人が、コンクリートのフェンスの陰から、そっと顔をのぞかせた。


 町工場のシャッターには、食い破られたような穴が開いていた。


 そこから、旋盤、フライス盤といった多種多様な工作機械が見て取れる。


「な、なんだ、アレは?」


 終が小さく悲鳴を上げた。


 ガジガジガジ――


 金属製の機械類に、一心不乱にむしゃぶりつく、奇妙な魔獣がそこにいた。


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