第16話 ピンク色の魔獣
工場の旋盤をうまそうに平らげた魔獣は、つづいてボール盤にも食指を伸ばす。
ガブリ。ムシャムシャムシャ――
その見事な食べっぷりを、少し離れた所から、水来たちが見ていた。
「よく食うなあ。そりゃあれだけデカイ図体になるわけだ」
恋の言う通り、この魔獣はバス並みの巨躯をほこる。
「蜘蛛? いや蟹か? ……それともクワガタ?」
水来は、類似点のある生物を、思いつく限りに列挙している。
「ふうむ、強固そうな外殻だなあ。あの殻を維持するために、あれだけ大量の金属を摂取する必要があるんだろう。八本の手足は見るからに鋭利で、きっと刃物としての使用も想定されているな。……飛び道具の類は有して無さそうか?」
さすがに研究班の終は、感想が他の二人よりも高度であった。
「しかし、なんだい? あのカラーリングときたら」
終が眉をひそめた。
「まっピンクだね」
魔獣の体色は、極めてきついピンク色をしていた。
「設計者は何を考えていたのやら。あんな体色じゃあすぐ敵に発見されてしまうだろう。保護色にするなりなんなり、もうちょっと視認性を下げないと」
終が、魔獣をデザインした科学者を批判する。
「ま、戦う私たちにとっては、大助かりな話さ。ピンク色万々歳。おかげで敵を見逃す心配も、的を外す心配もしなくていい」
言った恋は、すでに銃口を魔獣に向けている。
「恋! そりゃマズいよ。作戦開始前に、あれだけ九関班長から注意を受けたじゃあないか」
水来がメモ帳を読み返しながら、恋を
『いいか諸君。言うまでも無いことだろうが、今一度注意を促させてくれ。初見の魔獣と遭遇した場合、けしてうかつに攻撃してはならない。
魔獣とはそもそも、敵国の兵士を殺すために作られた生体兵器だ。その殺人のためのギミックは、我々の想像をはるかに超える。
火を噴くもの、帯電しているもの、硬い体片を発射するもの。そんな未知の仕様に毎回付き合っていては、命がいくつあっても足りない。
幸い、ウチには研究班が開発した魔獣図鑑アプリがある。これを有効活用してほしい。
繰り返す。けして、オペレータへの報告もなしに、うかつに口火を切らないこと』
九関班長は、恋の顔を至近距離で睨みつけながら、強く念押しした。
『ふわあ』
その時の恋は、平然と欠伸をしていた。
隣の水来は、それは生きた心地がしなかったという。
「報告……ねえ? 知ってるか? 水来。この世で一番面白い戦いのシチュエーションていうのはさ、未知の相手に対して、薄皮を一枚一枚剥がすように闘り合うことなんだぞ」
恋が自説をまくし立てる。
「やりたきゃ一人の時にやれ。今は僕が一緒なんだぞ。このナット村の至宝を危険に晒していいと思ってるのか!」
「ちっ、うるさい奴め。ここが消毒前の遺跡だということを忘れるなよ。事故に見せかけてやっちまうぞ」
「な、なんという問題発言を」
終が絶句する。
「ふん」
とは言え、恋も、多数決の論理の前に、無理を通しはしなかった。
肩に装着したスマホを操作する。
「こちらチームQ。見たことのない魔獣と遭遇した」
『了解。けして迂闊に攻撃はしないように』
「分かってる! だから連絡したんだろう!」
『写真撮影をお願いします』
「それも分かってる!」
舌打ちしながら、食事中の魔獣の様子を、スマホで撮る。
ただちに画像データをメールにて送信する。
『魔獣図鑑アプリ起動。画像検索を開始します。………ダメです。該当なし』
「やれやれ。無駄足だったな。なら、しかけてみるしか手は無――」
「いや、ちょっと待て」
銃身の上に、終がそっと手を置いた。
「あの魔獣、どっかで資料を読んだ気がする」
「はあ? お前がつくった図鑑アプリに載っていないんだぞ」
「断片的な情報しか手に入らなかった魔獣も何体かいたんだ。そういう奴らは部分的な情報しか入力していない。外観に関するデータが無くて、画像検索には引っかからないだけかも」
『了解しました。それではキーワード検索をかけてみます』
上杉オペレータがすばやく意を汲む。
『キーワードは何にしましょうか?』
「ピンクと金属食で。きっと何かひっかかるはず」
『了解しました。青矢班長』
水来たちが長いやり取りをする間、相手方に何のアクションも無いというのは、いささか虫が良すぎる話だ。
「ま、魔獣がこっちに気付いた」
水来が甲高い声を上げた。
いつの間にか、魔獣は食事を止め、四つの目でこちらを睨みつけている。
キシイイイイ――
曲刀に似た八本足が、素早く地面を突いて、水来たちに迫りくる。
「攻撃する」
「待て、間もなく検索結果が!」
「待ってられるか!」
恋が発砲した。
銃口から飛び出した弾丸は、まっすぐ敵頭部を狙う。
(むしろ、これはいい判断か?)
超人の超感覚で、弾丸の軌道を読み解きながら、水来は多くのことを考えた。
(見るからに強固な装甲)
(通常弾での貫通はまず不可能)
(しかし、頭部を痛打された魔獣は多少怯むだろう)
(……恋の奴、きちんと考えてるじゃないか)
しかし、現実は、水来の予測とはまるで異なる姿を見せつける。
キシャェエエアアァァ――
恋の放った弾丸が、やすやすと敵装甲を貫通したのだ。
敵頭部をかきまぜた弾丸が、後頭部から勢いよく出ていく。
魔獣は、その巨体を大きくのけぞらせ、そのまま仰向けに倒れた。
八本足が力なく痙攣する。
「……はぁ?」
「よ、弱い?」
「……?」
水来たちの顔に色濃い戸惑いが浮かぶ。
「死んだふり……じゃないよね」
「これが演技だったら、私はこいつをオスカーに推薦してやる」
「? ? ?」
終はただ目を白黒させている。
『検索の結果が出ました。該当する魔獣は〈
今更、スマホから上杉オペレータの声がした。
「遅いよ! もう倒してしまった」
『は? ……え?』
「だから、銃弾一発撃ち込んだで、そのなんちゃらグモは、あっけなくくたばって――」
『!!!』
上杉オペレータが息を呑むのが、スマホ越しにも分かった。
『逃げて! 恋ちゃん! 今すぐそこから!!』
彼女の絶叫が轟く。
時同じくして、水来たちの背後で、鬼雷蜘蛛が静かに息を引き取った。
全身の痙攣が止まって、八本足がだらりと垂れる。
直後――、凄まじい量の、光と炎と風が生まれた。
放射状に広がる爆風に、爆心地の町工場はもちろん、半径百メートルに渡って、何もかもが消し飛ぶ。
さんさんと輝く爆発の光は、地底に太陽が現れたようだったと、目撃した多くの戦闘班員が証言した。
■ □ ■ □ ■ □
「応答してください! 恋ちゃん! 青矢班長! 北山くん!」
作戦本部にいる、上杉オペレータのインカムからは、激しいノイズだけが奏でられた。
彼女の専用パソコンにはこのような表示がある。
『名称:鬼雷蜘蛛
敵の目に着きやすい派手な配色だが、これは設計者が意図的にしたものである。
この魔獣のコンセプトは、『敵にたやすく発見され、わざと倒されること』。
自身の死を引き金に、体内に満載された高性能爆薬が着火し、とてつもない大爆発を引き起こす。
なお、主食の金属類は、ハリボテの外殻ではなく、この爆薬の生成に要される』
「おい、遺跡がおかしいぞ」
作戦本部にいる、機械班員たちが慌てふためく。
「なんだ。この波形は?」
機械班員たちがのぞき込むのは、遺跡内部をモニタリングしている装置の一つである。
激しく揺れる不安定な波形は、素人目にもはっきりと異常だと分かる。
「マズイですよ、安住班長」
「なんだ? 一体どうなってる!」
「先ほどの爆発が原因です。遺跡新区画を覆う岩盤が、非常に不安定になってます」
別の機械に表示された数値を見て、
「おいおい、冗談じゃないぞ」
と、安住は顔を蒼ざめさせた。
「チームQ、応答願います」
上杉オペレータはまだ必死に呼びかけていた。
彼女のインカムには、いまだ何の応答もない。
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