第14話 悪魔の腹の中


 ナット村地下遺跡の外れ。


 地下都市を覆う強固な岩盤に、いびつな大穴が穿たれている。


 自然崩落によって生じたこの横穴トンネルの向こうに、新たないせきが存在するという。


(なんか、悪魔が笑っているようにも見えるな。……縁起でもない)


 左右両端が持ち上がった幅広な穴が、そのように見えてしまい、水来には落ち着かない。上方の窪みと突起を、目と角に見立てれば、なおその印象は強まる。


「おーい、このケーブルはどれとつなげばいいんだ?」


「〈ピラー〉に頼む。……違う! 逆だ、逆のコネクタ!」


 大穴の周囲には、機械班の持ち込んだ装置が、所狭しと設置されている。班員たちは、その最終調整で大わらわであった。


 機械班の喧騒から少し離れたところに、戦闘班が集合していた。


「「「……」」」


 これより命がけの作戦に赴くメンバーたちは、口とまぶたを閉ざして、じっと精神を集中させている。


 その張り詰めた雰囲気に、敏感な水来などは、鳥肌を立ててしまうほどであった。


「チームQのみなさん。こちらが本作戦における支給品になります」


 戦闘班の女性スタッフの一人が、水来たちの前に様々な道具を置いていった。


 サバイバルグッズ一式、大まかな地図とコンパス、医療キット、戦場食、その他諸々、そして最後に――


「懐かしいなあ」


 通信ツールとして支給されたスマホを、水来が手に取る。


 もちろん、通信インフラの壊滅したこの時代において、スマホは本来、用をなさない。しかし、その問題は、ある人物によって、すでに解決済みであった。


「やれやれ。これを使えるようにするのは、本当に骨だったよ」


 この苦り顔の研究班班長が、当時の通信インフラの中枢機能を代替する装置〈ピラー〉を作成したことで、ごく狭い範囲だが、スマホは往時の働きをしてくれるようになった。


(おや?)


 戦闘班の女性スタッフ数人が、その〈ピラー〉の横で、キーボードを叩いていた。


「位置情報アプリ、魔獣図鑑アプリ、その他全プログラム正常に動作しています」


 その様子が、水来の目に留まった。


「あのパソコンをあてがわれている人たちって?」


「ああ、オペレーターだ。彼女らが新遺跡に入った僕たちに、指示や情報をくれる。戦闘班の作戦活動において、生命線の役割を果たす連中だ」


「へえ、そんな人たちがいたんだ」


 もっともその存在自体はそれほど不思議ではない。


 高度な作戦行動をするにあたっては、後方支援をしてくれる人たちが必要になるくらいは、水来だって想像がつく。


「なにが生命線だ。そんな大したもんじゃない。いつも、安全な後方からゴチャゴチャと文句を言うばかりの奴らだ」


 恋がケチをつけた。


「それでも、何度か助けられたことはあるだろう?」


 終が意地悪く質問する。


「本当に何回かね。ほーんのちょびっと」


 彼女は、親指と人差し指の間に、極小の空間を作ろうと努力していた。


「おーい、九関。こちらの準備は全て終わったぞ」


 機械班の安住班長が、大きく手を振った。


「ご協力感謝します」


 戦闘班の九関班長が、頭を下げた。


「突入メンバー、全員集合!」


 九関の前に、チームAからQまでが整列する。


「これより作戦内容を伝える」


 九関の語り口は、志郎とは異なり、冷淡で写実的であった。


 初心者の水来は、重要事項を逐一メモしていく。


『本作戦の主目的はあくまで偵察』


『新遺跡のリターンとリスク(主に魔獣の種類と数)の情報を持ち帰ることが最重要』


『魔獣討伐よりも生還を優先せよ』


『地下空間と言う地理的制約から、爆発物の使用は許可されない』


『――』


『――』


「――以上だ。諸君の奮闘に期待する」


「「「はいっ!!!」」」


 百戦錬磨の戦士たちの声が重なって、作戦本部に怒号のように響き渡った。


「は、はいっ」


 ワンテンポ遅れて、まだ少年らしい少年の声が、弱々しく鳴るのだった。


「……くすくす」


 オペレーターの一人が忍び笑いを零していた。


           ■ □ ■ □ ■ □


 アルファベット順に、三十秒ほど間隔をあけて、各チームが新遺跡へと突入していく。


 チームQの順番はあっという間にやってきた。


 悪魔の食道とも言うべきトンネルを、水来は、無我夢中で走り抜けた。


 新遺跡は、予想通り、旧遺跡と地続きの市町村である様だった。


 ただし若干の違いもある。


 新遺跡は、旧遺跡と比べて、街並みが非常に古ぼけている。


「ふむ。こっちは旧市街地みたいだな」


 恋がまじまじと、しなびたような街を眺める。


「だね。令和遺跡と呼ぶよりは、昭和遺跡と呼んだ方がしっくりくる」


 終はそのように揶揄やゆした。


「う、うう……」


 水来に二人の会話は耳に入っていなかった。


 常夜の街にただよう不穏な気配に、五感を占領されていたのである。


 魔獣の臭気。留め置かれて淀んだ空気。そこかしこから響く異音。


 優れた感覚を有する超人には、新区画の危険性が、これでもかと感じ取れていたのだ。

 

 もっとも、それは百戦錬磨の恋にしても、同じく感知できている。


 その上で、彼女は余裕綽々しゃくしゃくだった。


「ああ! この戦地のムード。実に久しぶりだなあ」


 大きく深呼吸をするその様子は、まるでピクニックにでも訪れた風であった。


「さて。魔獣を求めて全速前進……、って、おい!」


 恋が声を上げたのは、チームQの仮メンバーである終が、指示に従わなかったからだ。


「……」


 彼は、険しい眼差しを、じっと今通ってきたトンネルに注いでいる。


「くそっ! 話が違うじゃないか!」


 終が吐き捨てた。


「なんだ? 藪から棒に」


「このトンネルは自然に崩落したものとか説明を受けただろう」


「九関班長はそう言ってたね」


 メモを見ながら、水来が応える。


「まるで説明と違う。このトンネルは外部から何らかの力が加わることで生じたものだ。明らかに自然じゃない」


 終の得意分野は機械工学だが、それが専門という訳でもない。


 村の全ての班からの依頼を受ける立場上、研究班員には、多岐にわたって高度な知識が要求されていた。


 まして班長の終に至っては、その知識の深さと幅たるや、博士号に換算して、軽く二十から三十といった所である。


「そ、それって新区画にいる魔獣がやったって意味だよね」


 おずおずと水来が口を出す。


「他に解釈があったら、教えて欲しいね」


 終は不機嫌そうに応えた。


「この分厚くて硬い岩盤に、これだけの穴を開けられる魔獣だって!」


 さしもの恋も驚きを隠しきれていない。……そう思ったのだが。


「なんて面白そう!」


 水来と終の予想に反して、恋は表情を一層輝かせた。


「いやいや。そのリアクションはおかしいって」


 水来が慌てて言った。


「そうだ、恋! このトンネルを見ろよ。僕たちは今、そこそこの距離を走りぬけたじゃないか」


「まあな。村中の重機をかき集めても、この穴を掘るには数か月かかるだろうな。少なくとも、魔人蛭程度じゃ、数年かかってもトンネルの開通は見込めない」


「だ、だから――」


「だからさ、水来。だから、面白いんだ!」


 愛用の銀銃を胸にいだいて、恋は早足に進みだした。


 もはや、いかなる制止にも耳を貸さないことは、明白だった。


「せ、せめて今の情報を本部に伝えないと」


 水来が組織人として最低限のモラルを乞う。


「面倒くさい。代わりにやっといて」


 恋が、チームに一つだけ支給されたスマホを、水来に放り投げた。


「待て、お前ら。僕を一人きりにするんじゃない」


 先行してしまった二人に追いつこうと、終も慌てて走り出す。


 こうして三人は、一丸となって、田舎町の狭い大通りをひた走っていく。


 ズズズズ――


 水来と恋の感知エリアのぎりぎり外。


 そこで蠢く白い影があった。


 白い影は、おおきな眼差しを、三人に向ける。


『かなり強い奴』『雑魚』『勝てない奴』


 それは、水来たちをそのように区分分けした。


 ズズズズッ


 水来の恐るべき戦闘能力を本能的に理解しつつも、追尾を止める様子はない。


 どのような猛者にも必ず油断は生じる。


 自分は、ただ、じっとときを待てばいい。


 白い魔獣は、十数年の地下生活にて、耐え忍ぶことを学習していた。


 それは生来の狡知を、さらに危険なものにしていたのである。

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