第三章 六角町遺跡

第13話 Qの初任務

 出陣式はつつがなく終わった。


 つづかなく、とは戦闘班員自身による表現である。


『死人は出なかったよ。戦闘不能者もいない。……あなたは、それ以上何を望むというのですか?』


 その班員は、高位の僧侶を彷彿とさせる表情を浮かべていたと言う。


 恋による、理不尽極まる仕打ちに耐え続けた彼らは、今や、悟りに近い境地に達しているのかもしれない。


 式典の後、戦闘班員たちは、慣れた様子で次の行動に移っていく。


 ところが、初参加の水来には右も左も分からない。


「あ、あの……、すみません。そ、その、……ごめんなさい」


 周囲に声をかけようとするも、タイミングが合わなかったり、忙しい相手にぞんざいに扱われたり。


「う、う、う」


 元々人付き合いの苦手な水来は、その場で立ち尽くしてしまう。


「おい、水来。こんなところで、何をボーっとしている?!」


「恋! 恋! ああ、よかった。俺を置いてどこに行ってたんだ?」


 水来の顔は、迷子が母親と再会した時のものである。


「私たちチームQは、こっちに集合だ。もう一人が準備に手間取っている」


「チ、チームQ?」


「戦闘班は三人一チームを単位として動く。49人目の私と50人目の水来は、今日から17番目ラストのチームQ」


 楽し気に恋が笑う。


「当然、隊長はこの私だ。ああ、ようやく私にも部下ができた」


「そ、それよりもさ、もう一人の隊員って誰?」


 人見知りの水来としては、そこは詳細に確認せねばならない。


「何を言ってる? 終のバカに決まってるだろう」


「え? 彼は研究班の班長じゃないか」


「水来……。お前、親父の話を何も聞いてなかったのか?」


「聴きたくても聞けなかったんだ。誰のせいだと思ってるんだよ」


「しょうのない奴め。こうなったら、私が今回の作戦の詳細を説明してやろう。ありがたく思え」


「……ありがとうございます」


 水来の言葉に、一片の感謝も含まれていなかったことは、言うまでもない。


「まず、そもそもの話だけど、私たちはどうして遺跡を探索すると思う?」


「そりゃ、昔の市街には、生活に便利な色々なものがあるからだろ。機械とか、燃料とか、保存食とか」


「ブーッ! ハズレ」


 恋が子供のように笑い、水来は拗ねた顔で応じる。


「それも目的の一つだけど、一番重要なことは、超科学の手掛かりを見つけることだ」


「超科学って……、あの!? データベースの!?」


「もちろん」


「なんでそんな危ないものを?」


「必要なんだとさ。この世界を、人間が生きていけるものに戻すためには」


「毒をもって毒を制する?」


「そういうことだ。それ程奇妙な話でもないだろう。元々この世界が滅茶苦茶になったのは超科学が原因だ。だったら、同じ力を使えば元に戻すことも可能だろう」


「うーん、そうそう上手くいくものかなあ?」


 賭博で大損した男が、またギャンブルで、負け分を取り返そうとしている。


 水来の脳裏には、そのような愚かしい行為が思い浮かぶ。


「しかしまあ、僕たちは切羽詰まった状況にあるからねえ」


「終?」


 水来の進行方向から、片手を挙げた終がやってくる。


「地道に働いて、月々のお給料でじっくり返済。そんなことをやっていたら、人類が先に滅んでしまうんだよ」


 終の全身には、奇妙な装置が取り付けられていた。


 一見しただけでは、単なる金属製の防具に過ぎないが、終の動作に合わせて、アクチュエータが鳴動する。


「なんだ、スーツの調整は終わったのか?」


「大体ね。後は、現地に向かいながら微調整する」


 終の身に着けた装置は、彼の開発した、全動作対応型のパワードスーツだと言う。


 遺跡を探索するにあたって、生粋の研究者である終の身体能力では、若干心もとない。


 それを補うために、このような特別な装備が必要とされるのだとか。


「しかし、戦力としては当てにしないでくれよ。僕は世界最高の頭脳以外は、これと言って取り柄の無い男だ。どんなに強化したところで、精々がB級アスリートといったレベルだろう」


「構わん。お前に戦ってもらおうなんて、誰も思ってない。第一、それじゃあ、私の楽しみが減ってしまうだろう」


「あの……、ごめん。どうして、終が遺跡に行く必要があるんだい?」


 水来が二人の会話に口を挟む。


「む? 水来は谷口(父)の話を聞いてなかったな。ダメだぞ。目上の人の話にはきちんと耳を傾けないと」


「誰のせいだと思ってるんだ!」


 二回目は、さすがに水来だって怒る。


「私だって、こんな役立たずを連れて行きたくはない。だが、さっき言ったろ。超科学の手掛かりを見つけることが、探索の最大の目的だって」


「うん」


「当時、超科学に関する事柄は全てが最大級の秘密事項だった。戦争の勝敗を左右するものだから、まあ当然だろう」


 終が、パワードスーツの反応を確認しながら話す。


「自国の超科学の研究成果を、他国の工作員に盗まれないよう、プロテクトは厳重を極めたという」


「当時最高レベルの防御を破れるのは、村の中ではこいつしかいないんだよ」


 恋が悔し気に言う。


「僕の重要性を再確認したかね? 遺跡の中ではきっちりと僕の身を守ってくれよ。僕の知能に差しさわりがでようものなら、君たちが一生かけたって取り返しがはきかないんだからね。あははは」


「「……」」


 この時、水来と恋がまったく同じことを考えていたのは、想像に難くない。


(事故を装って、遺跡の中で置き去りにしてやろうかな)


「あ、あれは?」


 遺跡旧区画の北端部分に、人だかりができている。


 水来の見たこともない、大型の機械が無数に組み上げられていて、機械班員たちが何らかの操作を行なっている。


「よう、来たな。君らで最後だ」


 機械班班長の安住が、大きく手を振って、水来たちを迎え入れた。


 チームAからチームPまでの全戦闘班員たちは、すでに勢ぞろいしている。

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