第12話 家族会議は緊急に

 谷口家居間。


 四角いテーブルの四辺に、家族三人と一人の居候が着座する。


「由々しき事態だ……」


 家長である、志郎の重々しい声を合図に、その催しは始まった。


 志郎の背後の壁には、『第888回家族会議』という貼り紙がある。


「今回の議題は二つだ。まず第一に、水来の正体がバレた」


「め、面目次第もございません」


 水来がテーブルぎりぎりまで、頭を下げた。


「正直言って、俺だっていつまでも隠しおおせるとは思ってなかった。それにしたって、こんなにも早く露見するとは……」


「本当にごめん」


 水来がシュンとなる。


「しかも、よりによって相手が、一番知られたくなかった青矢の奴と来てる。はあ……」


 ここ数日の心労で、志郎はめっきり老け込んだように見えた。


「ま、しゃーないさ。世の中そんな時もある。あははは」


 もう一粒の頭痛の種は、自らの乱暴狼藉を省みる様子もなく、高らかに笑った。


 ズン、と志郎がテーブルを叩いた。


「二つ目の議題がお前だ、恋。三日前、戦闘班の皆さんを相手に、火を噴くような大立ち回り。おかげで遺跡新区画の探索は、ケガ人多数で順延となった」


「あれは事故だよ。私のせいじゃない」


「あれは事件だ。明らかにお前の故意による!」


 志郎の拳が、繰り返しテーブルに叩きつけられる。


「やだやだ。娘の善性を信じることもできないだなんて。あーあ、とんでもない毒親のところに生まれついちゃったなあ」


「なんだ、言うに事欠いて!」


「む! やるのか!?」


 立ち上がった二人は、凄まじいトーンでけなし合いを始める。


 水来はあたふたとするばかりだが、咲良は何ら慌てる様子がない。


「あ、そうだ。昨日市場でとても珍しい茶葉が売ってたのよ。ちょっと待っててね。今淹れてくるから」


 この余裕である。


「は、はあ……」


 湯気の立った緑茶が、ちょうど口当たりのいい温度になったころ、


「ぜえぜえ」


「はあはあ」


 親娘の白熱した舌戦もクールダウンする。


「このバカのことはとりあえず後回しだ。まず、水来の件を早急に話し合わないと」


「そ、それなんだけどさ。俺ってこれからどうなるのかな?」


「それは――」


 志郎が重たげに口を開いた。


「普通だったら、水来は研究班預かりの身分となる。今後は、青矢の手による様々な実験に協力する羽目になるだろう」


 ゾゾゾッ、と水来の背筋に悪寒が走った。


「そ、そんなのイヤだよ!」


「分かってる。俺たちだって水来をそんな目にあわせたくはない」


「でもさ。実際の所、もうどうしようもなくないか? 終のバカは秘密を盾に、やりたい放題するに決まってる」


「う、ううう……」


 重苦しい沈黙が、場を充たした。


「……実は、一つだけ方法があるんだ」


 志郎がささやくように言った。


「え!? それは一体?」


 水来が食いつく。


「あまり好ましい方法じゃないんだが、現状ではこれがベストだろう」


「ごくり」


「おい、あまりもったいぶるなよ、親父」


「その方法とはズバリ、――水来が戦闘班に入ることだ」


 リアクションは、二通りに別れた。


 水来は「えぇ!?」と驚くばかりで、恋と咲良は、「ああ、なるほど」と得心する。


「どういうこと? どういうこと?」


「戦闘班と言うのは、村でもっとも重要な仕事だ。魔獣の脅威から、日々命がけで村人たちを守ってくれてる。そのため、戦闘班員には、他の班にはない数々の特権が認められているんだ。それを活用すれば、水来を研究班に渡さずに済むかもしれない」


「う、うーん、戦闘班かあ……」


「幸いにして、すでに向こうからオファーは来ている」


「ほ、本当に?」


 水来が目を丸くする。


「三日前に魔人蛭を倒したろ。あの実績が高く評価されて、九関さんから何度も話を振られている」


「戦闘班は、いつだって人手不足だものね」


 咲良の発言の意味が、殉職率の高さであることくらいは、水来だって見当が着いた。


「ま、九関さんが水来を欲しがる一番の理由は、恋に対するカウンターに成り得るということなんだろうけどな」


「む!」


 恋が眉間にしわを寄せた。


「おい、あまり調子に乗るなよ、水来。この間のあれは、たまたまだからな」


「わ、分かってるよ」


 三日前、大暴する恋を、最終的に水来が制圧したことを、彼女はまだ根に持っているようである。


「本当にずるい奴だよ。こっそり後ろから近づいて羽交い絞めだなんて。あんな手が二度と通じると思うなよ。なんなら、今ここで雪辱戦を――」


「やめろ、家を壊す気か!」


 志郎に諫められ、立ち上がりかけた恋が、渋々腰を降ろす。


「でもさあ。そのアイディアってどこまで有効なのかな?」


 水来が、すまなそうに、志郎に反対意見を述べた。


「ん?」


「いくら戦闘班に属したとしてもさ。終くんに、『秘密をバラされたくなかったら言う通りにしろ』、とか脅されたら、どうにもならなくない?」


「「「それは絶対にありえない」」」


 家族三人の声が揃った。


「ど、どうして断言できるの?」


「逆に訊こう。水来が青矢に秘密をバラされたら、お前はどういう行動にでる?」


「それはもちろん、……あ、そうか」


「そうだ。秘密が公然のものとなってしまったら、もう力の出し惜しみをする必要が無い。青矢に何かされそうになったら、全力で抵抗すればいいだけだ」


 と、志郎。


「水来くんが超人であるがバレて、村から追放なんてことになったら、一番損をするのは青矢くんだしね」


 と、咲良。


「脅迫なんてものは、バラしそうでバラさないからこそ意味があるんだ。本当にバラしちゃったら、1円にもならないからな」


 と、恋。


「なるほど、いや、なるほど」


 水来が、三度頷く。


 ――ここで、水来がじっと考え込む間があった。


 皆はそれを邪魔しないよう沈黙を保つ。


 水来の意識が再び周囲に向くのを待って、志郎が話を再開した。


「俺からの話は以上だが、結論を急ぐ必要はない。戦闘班に入るかどうかなんて、人生を左右しかねない大きな選択だからな。じっくり時間をかけて――」


「いいよ。入る」


「「「え?」」」


 水来の即答に、家族全員があっけに取られた。


「特に考えるようなことはない。俺は超人だからね。戦闘班でもきっと上手くやっていけるさ」


「「「……」」」


「ははは」


「本当にいいんだな?」


 志郎が真剣な表情で最終確認する。


「もちろんだ。ちっとも構いやしないよ」


 水来は笑顔で言い切った。


「ふん、いい子ちゃんぶりやがって」


 恋が、シラケた声で呟くのだった。


 こうして、第888回谷口家家族会議は、微妙な空気を残して、幕を閉じた。


「はああああ」


 元々は物置だった自室で、独りきりになった水来は、すぐさま大きなため息をついていた。


『いい子ちゃんぶって』


 恋の言葉が耳に残っていた。


「あいつの言う通りだなあ……」


 やせ我慢をしている。


 本当は戦闘班になんざ誰が入りたいか。


 自分の気質がまったく戦いに向かないことは、当人が一番承知している。


「でも、これ以上志郎や咲良さんに迷惑もかけられないしな」


 それ故の高楊枝であった。


 仮に、『戦闘班なんてイヤだ』と水来が言えば、志郎はその意向を最大限尊重してしまうだろう。


 政治犯の権力を濫用して、自分と家族の立場を悪くするところまで、してしまうかもしれない。


「だからこそ、絶対にイヤとは言えなかったんだよなあ……」


 友を想っての自己犠牲。


 水来はそのこと自体を間違っているとは思わない。


 ただし、『友達のためなら、どんな苦労もむしろウェルカム』と笑ってのけるほど、水来はシンプルな人間でもない。


 家の外では、赤い砂嵐が吹き荒れ、急ごしらえの窓をガタガタと揺らす。


「……母さん。いったいどうなったんだろう?」


 自室で一人きりになっていると、母のことばかり考えるのが、水来の習慣になってしまっていた。


 誰よりも優しかった母。


 誰よりも美しかった母。


 誰よりも幸薄かった母。


「生きている訳なんてないよな」


 人類を滅亡寸前まで追い込んだ戦争を生き延びているなんて、けして期待できる訳もない。


 万が一生きていたとしても、再会には、億分の一の幸運が必要とされる。


「母さん……」


 しかし、水来の願いは奇跡的にも叶えられることとなる。


 およそ考え得る限り、最悪の形で。

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