第11話 いつものパターン
そこへ至るトンネル内部は、対照的に光に満ち満ちていた。
筒口から漏れ出る光は、遠目には、どこか朧月の風情である。
しかし、静謐な光加減とは裏腹の、けたたましい足音が、みるみると光の裡から膨らんでくる。
「総員、構え!」
戦闘班班長・九関の号令と共に、戦闘班員たちが銃口をトンネルに向けた。
自身を遮蔽物の後ろに巧みに隠し、銃身のみをトンネルに晒している。
足音はいよいよ大きくなる。
(く、来る!)
水来は、握り拳に力を込めた。
月光に似た輝きの内に、一つの輪郭が現れ、それはすぐに鮮明な姿かたちとな
る。
「「「―――ええっ!??」」」
その人物の特定が済むと、この場にいる全員が顔を驚嘆に歪めた。
その反応は、戦闘班員において、特に顕著であった。
「な、なんでこいつがここに来る!」
「だ、誰だ! 誰が新遺跡のことをバラした!」
「こいつが休暇中で助かったと、みんな胸を撫でおろしていたのに!」
戦闘班員たちの声は、どこか哀愁がにじむ。
「むむっ、なんだその失礼なリアクションは」
やってきた人物は口を尖らせた。
「地下が大変なことになっていると聞いて、休みを返上して駆けつけてやったのに」
赤い短髪を振り乱して、谷口恋が抗議した。
「れ、恋。どうしてお前がここに?」
いまだ驚きが収まらない様子ながらも、志郎が一人娘に近づく。
「親父! 水来まで?」
水来もつづいて恋に駆け寄る。
「いやさ。村をぶらついてあのバカを探していたらさ、突然子供たちに泣きつかれたんだ。『遺跡に魔獣が出た』と。これはラッキー、……いやいや一大事と思い、急ぎ足で駆けつけて来たわけだ。……そうしたら、どういう訳か、魔獣じゃなくて
恋が、怪訝な顔で辺りをうかがう。
「やれやれ、人騒がせな」
「あーあ。谷口(娘)が来ちまったら、今回も平穏無事には終わりそうにないな」
戦闘班員たちが、ぼやきながら、銃口を降ろす。
「それにしても、魔獣一匹に対して、戦闘班総員に機械班まで動員というのは、いささか大げさすぎないか」
「それが実は――」
水来が、今この場で起きていることを説明する。
「この先で新しい区画が見つかった!? これからそこを調査に行く!? ああ、なんて素晴らしい」
恋の瞳が、燃えるような興奮で輝く。
「班長! 九関班長!」
そして、渋面いっぱいの上司の元へと走り寄った。
「何かね、谷口くん……」
九関は、重々しい声で応じた。
対照的に、恋の声は、翼が生えたように弾む。
「班長。私もぜひ任務に参加させてください。ナット村のために、私も身を粉にして働きたいのです」
戦闘班の数人が、小さく舌打ちをした。「心にもないことを」「お前はただ魔獣と戦いたいだけだろう」と、小声でぼやく。
「…………いいかね、谷口くん」
明らかに熟考と分かる間を空けて、九関が話し出した。
「君はまだ若い。本来なら中学校に通っているはずの年頃だ」
「はい、数えで14歳です」
「だろう。そんな子供を危険極まる任務に駆り出すわけにはいかない。大人としての良識がそれを許さないんだ」
九関の話しぶりは、官僚の作ったペーパーを読み上げる、政治家の感じだった。
「何をおっしゃるんですか、班長! それは私の覚悟に対する侮辱ですよ!」
恋のわざとらしい怒りっぷりは、人気アイドルが声優初挑戦したかの如しである。
「私は、生まれ育った村のため、家族同然の班の仲間たちのためなら、いつだって命を捨てる覚悟はできているんです」
恋の発言を受けて、戦闘班の数名が鼻を鳴らした。
「よくもまあ、あそこまでデタラメを話せるもんだ」
「冗談じゃない。家族と思う俺たちが、何度足蹴にされたことか」
外野のヤジは全く耳に入らず、恋は言葉を加熱させる。
「どうか私に死に場所を与えてください。村のための人柱になれれば本望なんです」
「いかん。いかんよ、谷口くん。若者を犠牲にして大人が生き残るなど、絶対にあってはならないことだ」
「班長。そこをどうにか」
「バカ。このバカ。どうして私たちの気持ちを分かってくれない」
大根役者二名は、見事なアドリブで見るものを楽しませる。
(いや、楽しんではいないな)
水来の見る限り、この場の全員が、猿芝居にゲンナリしていた。
中でもひときわ落ち込んでいる志郎に、申し訳ないながらも、状況の説明を求める。
「ああ、うん……。何て言うかな……」
志郎は一つの例を水来に提示した。
「令和の時代、ある会社の営業部が舞台だ」
「うん」
「そこにバリバリの営業マンがいた。同僚と比べて月二十倍の売り上げを叩き出す。凄腕の人物だった」
「優秀な人だね。そんな人がいたら、会社も大助かりだろう」
「ところだが……」
例え話に過ぎないというのに、志郎は頭痛をこらえる仕草を見せた。
「その営業マンは人間性に問題があった。売り上げは断トツなものの、客からのクレームがひっきりなし。しかも問題行動が多すぎて、社内でも評判もすこぶる悪い」
「ああ、……はい」
「しかし、営業成績が良すぎるものだから、会社としてはクビにもできない。何より、本人はこの仕事を天職だと思っている」
「……」
「営業部の成績は確かにウナギ登りだ。だが、同時に部内への被害もどんどん大きくなっていく。営業部長は口を酸っぱくして苦言を呈するが、営業マンは気にも留めない」
話し続ける志郎が、ついに目頭を押さえた。
「最近はなあ、部長の九関さんが、湾曲的に、俺に文句を言ってくるようになったんだよ。本人に言っても何の効果もないのを学習したんだろうな。……俺に言っても何の解決にもなりはしないのに」
「た、大変だね」
「厳しい口調で罵られるんだったら、まだマシなんだよ。でも、あの人は回りくどい言い方をしてネチネチと俺を責め上げるんだ。それがもうイヤでイヤで……」
すっかり丸くなった背中を、水来が無言でさすってやる。
「九関班長。私を人間の盾に使ってやってください」
「絶対にダメだ。君を最前線には立たせられない。君は安全な村の中で、のんびりティーに舌鼓を打っていてくれ」
親の心子知らず、その好例である恋は、まだ九関と茶番劇を繰り広げていた。
皆が遠巻きに見守る中、そこに不用意に近づくものがある。
「おーい、どうした。結局、足音の主は誰だったんだ?」
遠くに逃げすぎて、事態を把握できなくなった終が、のこのこと戻ってきたのだった。
「ん?」
「む?」
恋と終がばったりと顔を合わせる。
「「――――」」
時が停まったような静寂が流れ、
「青矢終! お前、こんなところに!!」
「ひいい!? た、谷口恋!!」
二人の身体が、時が急発進したみたいに、素早く動く。
終が逃げて、恋が追う。
「ここで会ったが百年目」
「ひえぇぇ」
「待て待て!」
恋の指先が、終の後ろ襟に触れかけるが、あと一歩のところで空をつかむ。
「この間の焦炎弾はいったいなんだ! 弾詰まりを頻繁に起こす不良品じゃないか。危うく白骨カラスの餌になるところだったぞ」
どうも、恋が話題にしているのは、水来とはじめて会った一件のようだ。
「あ、あれはさ。試作を急ぎすぎちゃって、弾の耐久性に問題が出たんだ。内部の高圧ガスを封じ込めきれずに、殻がわずかに膨らむ。弾詰まりはその所為だね。ははは、いい実験結果をありがとう」
「なにがありがとうだ。おかげで、屈辱的にも、他人に助けられるという経験をする羽目になった」
「いいじゃん。助かったなら」
「よくない。私のプライドはいたく傷ついた」
恋の手が、ついに終の後ろ髪を鷲づかみにしかける。
だが、終が頭を激しく振ったため、彼女の手には数本の髪の毛が残されたばかりであった。
「ええい、そこになおれ。今、身体に責任を取らせてやるから」
「ふん。なおるバカがどこにいるか。それに第一、欠陥品ができたのは、そもそも君の責任じゃないのか?」
「何を! 責任転嫁か」
「これは正論と言うんだ。君が僕に、『暇だから、何か面白い武器でも作ってくれよ』と持ち掛けてこなければ、あんなことにはならなかった」
「別にいいだろう。より良い武器を求めるのは、戦闘班員として当たり前のことだ」
「要求のハードルが無茶苦茶なんだよ。オマケに期限まで勝手に切って。おかげで僕は二日徹夜する羽目になった」
「完成品に不安があるなら、一言注意をしておけ」
「紙に書いてマガジンに貼っておいただろ」
「あんな細かい字の羅列、いちいち読んでられるか」
「む、無茶苦茶だ」
「やかましい。いつも無茶をさせるのはお前だろう。戦闘班員に訳の分からない食い物やら道具を持たせやがって」
「仕方がないんだ。科学を蘇らせるためには、多少の犠牲はやむおえない」
「――!!」
「――!!」
お互いを口汚く罵り合いながら、二人は延々と輪を描き続ける。
(うーん、話を聴く限りだと、どっちの味方もしづらいなあ)
この場の全員が、水来と同じ心情であった。
誰がバカ同士の喧嘩に関わりあいたいか。
しかし、戦闘班には立場というものがある。
「おい、谷口を止めるぞ」
「ええっ! ま、マジで?」
「そいつの言う通りだ。
「はあ、なんであの子は、いっつも問題ばかり起こすのかしら……」
不承不承といった感じながらも、戦闘班員たちが、恋の制止に乗り出した。
「お前ら! なんで仲間の邪魔をする」
「当たり前だろうが。お前の巻き添えで減給なんて、まっぴらごめんなんだよ」
「ふざけるな。私はみんなのことを考えて行動しているのに。終の野郎は、私たちを体のいいモルモットにしているんだ。ここで行動を起こさないと、後で大きな問題に発展するぞ」
「やめろ。自分の感情に、おかしな大義名分を後付けするのは」
「お前はただ暴れたいだけだろうが」
「なんだ、その言い草は!」
恋が足を止めて、近づいてくる仲間たちに向き直った。
「囲め囲め」
「最低三人は同時にかかれよ」
戦闘班員たちが、巧みに集団戦術を駆使する。
「うっとうしい奴らめ。お前たちから先に片づけてやる」
そこからの恋の暴れっぷりは凄まじかった。
(お、おおお……)
人間が綿のつまったヌイグルミみたいに、いともたやすく宙を舞う。
虚空に何度も描かれる放物線を、水来は呆然と見ていた。
「でやあああ」
恋は、生来の恵まれた身体能力を、余すことなく味方にぶつけていた。
一人、また一人と、同じ釜の飯を食った仲間が倒れていく。
「あ、あたたた」
「や、やっぱりこのパターンね」
「ちくしょう。なまじの魔獣の方がよっぽど手ごわい」
戦闘班員たちが、仰向けのまま愚痴る。
「うおりゃああ」
大暴れをつづける恋には、もはや当初の目的を覚えているかも怪しい。
「いやあ、素晴らしい戦いっぷりですなあ」
水来の後ろで、いつの間にか、志郎と九関が並び立っている。
九関の顔には、皮肉な笑みが浮かんでいた。
「谷口さんの娘さんの活躍ぶりには、いつも目を見張るものがありますなあ。誰しもが認めるウチの大エースです。班長としては感謝のしようもありません。その力を魔獣を倒すことだけに使ってくれれば、言うことはないんですがねえ」
「あの……、その……、すみません」
消え入りそうな声で、志郎が言った。
「おや、どうして謝るんです? 私はお礼を言ってるのに。はは、おかしな話だ」
「……本当に申し訳ない」
このやり取りの間も、戦闘班員たちの悲鳴が木霊する。
水来が思うに、九関班長は、
(じ、事態の収拾をとっくに諦めて、保護者責任を早めに追求しだした)
のであった。
「いやはや。自由闊達で元気一杯。いったいどんな教育をなさったら、あんな素晴らしいお子さんが育つのやら。はははは」
「……」
志郎のあのたくましい肩幅が、今は見る影もない程すぼめられていた。
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