26. 不穏……

「なかなかゴールが見えないな」


 一向に目新しいものが見当たらない渇いた景色に、美童の独り言は妙に高く響き渡った。

 彼らをいざなう黄金の雫は、視線の先にずっと続いているものの、こうも辺りをぐるりと地平線に囲まれて久しいと、本当に辿り着けるかどうか不安がよぎる。


「見つかるでしょうか」と、テオが剣呑な口調で呟くと、


「見つけるさ。他にも手はある」


 美童は少年を不安にさせるような発言をしたことを悔やむように、咄嗟に声に笑みを混ぜるが、次の瞬間、その表情がさっと強張る。……何か、妙な音がした気がしたのだ。聴覚の端っこで奇跡的に捉えたその音は、人間に備わった第六感を激しく刺激し、寒さと沈黙ばかりの平穏を微かに脅かす。


 手綱を軽く引いてタフィの足を止め周囲に視線を走らせていると、上を向くようにしてテオが訊ねる。


「どうかしました?」


「揺れてる」


「え?」


 言われて、テオはじっと身を固め静寂の中に侵食する違和に意識を向けると、確かに地面が地響きを伴って揺れていることに気が付く。しかも単に揺れているだけでなく、ゴゴゴ……と世界の終わりを彷彿とさせる不気味な地鳴りまでもがどこからともなく聞こえてくるのだ。


 大地を踏みしめたタフィもその不可解な揺れに気付いたようで、忙しなく足踏みをし、怯えた様子で首を左右に巡らす。


「大丈夫。落ち着いて」


 美童はタフィを落ち着かせようと努めるが、彼もまた砂の上での異常な事態に少なからずの動揺を禁じ得なかった。


 早くここから離れた方がいいな、と手綱を操って先を急ぐも、地鳴りはさらに激しくなって彼らを追いかけてくるようだった。

 やがて揺れが激しくなり、タフィがバランスを崩しかけて立ち止まる。


「なんなんだこれは」


 小さく呟いた美童は、額に汗を浮かべながらタフィを促して走らせる。


 その時、彼はほぼ反射的に手綱を左側に引き、方向を転換した。刹那、今まで彼らがいた場所の地面が大きく盛り上がり、ココア色の粒子を柱のようにまき散らしながら何か巨大なものが地表へ飛び出してきた。


「うわああああ!」


 テオはパニックになって悲鳴を上げた。

 険しい顔で背後を振り返った美童が、目を瞠って叫ぶように言った。


「ナランナ砂漠の怪異か!」


「え!?」


 テオは体をねじるようにして振り返ると、美童の視線の先を追いかけ、そして声を失った。


 空を覆いつくさんばかりの巨躯。硬質な身体を月光に光らせ、巨大な鈎針のような鋭利な尾が、気まぐれな猫のしっぽさながらに虚空を悠々と薙ぐ。広大な大地をも凌ぐかと思われる存在感だ。青く光る双眸が月明りに照らされて揺れる水面のようにぎらぎらと輝き、その視線はゆっくりとテオと美童の姿をとらえた。


 そう、そこにいたのは、まさしく宵一が噂で聞いていた、かの巨大サソリだった。


 奴が一歩でも動けば、砂の海は平衡へいこう感覚を喪失させるほどに激しく揺れた。


 まさか、本当に存在していたとは。

 美童は「まじかよ……」と呟き、月光の下に姿を現した巨大な怪物と対峙した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る