51. 本が選んだ後継者
平穏が帰還した最果ての地ナランナ砂漠に、《本》を手にしたテオを中心にみんなが額を突き合わせている。
「クラレンス、今ここで契約の議を交わすか。それとも日を改めるか?」
キティが傍に来ると馨しい石鹸の匂いがする。赤い髪にはまだ微かに泡の粒が絡まっていた。
「いえ、今、続きを」
三人の視線が本の主人たるクラレンスに吸い寄せられる。
だが何故か彼は、妙に歯切れの悪い様子で言い、テオから本を受け取ろうとした――とそこに急に、びっくり箱が弾けるようなポンッという音が響き、レイスが姿を現した。
「わっ」と、全員で驚いて声を上げると、レイスはトゥニカをはためかせながらテオの眼前にふわふわと浮遊し、『やあ、テオ、お疲れさんだな。本当によくやってくれた!』と今回の功労者たるテオを侘しい拍手と共に労う。
「なんだこいつ」キティが素っ頓狂な声を上げる。
『なんだこいつ、とはご挨拶だなキティ坊や。ボクはお前より何百年と先輩だぞ。年長者を敬う気持ちをどこぞに置いてきた』
レイスはくくく、と笑いながら軽口をたたく。口調のわりに本気で腹を立てているわけではないのだ。
「おれを知っているのか」
『そりゃあ。君はどの世界でも名の知れた有名人だろ?』
レイスは豪快に笑い、テオの頭の上に「よいせ」と胡坐をかく。
『で、だ。今の話、このボクも混ぜてもらおうか』
レイスはテオの旋毛をつんつんと突く。『まずは謝罪をさせてくれ。すまない』
意味を汲み取りづらい謝罪に、一同が同じ方向へ首を傾げる。
『契約の儀はもう終わっている』
互い互いに目線だけで言葉を交わし、やがて、全ての視線は小さな彼へ向かう。
「どういうこと?」と目線を頭上に向けながらテオが問う。
『ボクの新しい主人は君だよ、テオ』
「えっ!?」
四つの大声に、レイスは驚いたように跳び上がって耳を塞ぐ。
クラレンスはショックを受けたように固まって動かない。
「ど、どうしてぼくが? クラレンス兄さんが先にあなたと契約を……」
レイスは耳から手を離して、苦い顔でうんうんと首肯する。
『ああ、そこまでは良かった。けれど、継承の流れはあの状況では未完成。いわば《仮登録》だったのだよ。重要なのはその次。契約完了の証として
そこで、テオは自分のしてきたことを振り返る。「……まさか」
精神世界の中で、クラレンスを追うためにテオはレイスにこう言った。
――ぼくにちからを貸して!
あれが仮登録の言葉になってしまったのだろう。そして次にテオは、本のちからを使ってクラレンスの足を止めるために蔓を生み出した。あれが契約を正式なものにしてしまったのだ。
「うそ、でしょ……」
テオは全身から血の気が失せていくのを感じた。
絶望を思わせるような呟きが、世界の果てに広がる砂漠の上に響き渡って消えた。
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