39. 本にとり憑いたもの〈2〉
クラレンス――否、ファーレはうっそりと目を閉じると、詩を
「いいな。魔力が全身に行き渡ってゆく感覚。張り巡らされた血管から心地の良い微熱が血流にのって巡る。全てが己の思い通りにでもなるような全能感。俺の器になるに相応しい人間に巡り合えた。俺はついてる。ッハハハハハハ!」
兄の身体で別人のようにふるまう様に、テオは激しく動揺した。まるで夢でも見ているような奇妙な光景だった。
「お前の目的はなんだ」
有無を言わせない口調で美童が言う。
「俺の目的は既に達成された」
「そんな物言いで納得できるわけねえだろ。言え。内容によっちゃ、俺たちが別の方法で平和的に協力してやる」
キティが代案を立てて説得するも、ファーレはクラレンスという人質を得ているのでなおも強気の態度を改めようとはしない。
「いいや、俺は
「器だと?」と、美童は眉を歪める。
つまりこのラ・ファーレという男は実体を持たない下級悪魔の端くれであったが、何らかのきっかけでクラレンスにとり憑き、肉体の主導権を奪い取ったのだ。そしてそのきっかけは、おそらく《本》との契約の時。
「やめて! 兄さんを返せ!」
テオは勇気を振り絞り、震える声で叫んだ。ファーレは彼をちら、と見やり、嘲笑するように口角を持ちあげる。言葉を介さない暴言じみた態度に、テオは鈍器で頭を殴られたような心地で瞠目するばかりであった。あれは兄ではないと心の底では理解していても、その姿がクラレンスであるという視覚的情報が思考を惑わす。
「その体から出て行け。今すぐこの場から去れ」美童が噛みつくように言う。
「いやだね」
ファーレは本を抱き込んだままじりじりと後退りすると、月明かりの差し込むステンドグラスに背中から飛び込んだ。ガシャアンと激しい破砕音と共に夜の下へ身を投げたファーレは、底冷えのする夜の砂漠を、月の浮かぶ方向へ滑空して行った。
「兄さん!」
テオが叫ぶと同時に、キティは一切の躊躇もなく破れた窓から下へ飛び下りた。ファーレを追うのだ。
「僕たちも行こう」
「えっ、ここから!?」
美童は動揺するテオの手を掴んで、ボロボロのカーテンがたなびく大窓から虚空へと身を躍らせた。
「うわああああああ!」
城の最上階から降下してゆくテオの悲鳴が、長く尾を引いて地上へと吸い込まれていった。
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