28. 砂漠の大怪獣〈2〉
口の中で呪を唱え風の渦を呼ぶと、それをスケートボードのように乗りこなし、一気にサソリの背中へ昇り詰める。飛び降りるようにして着地した動く地面は、ひどく硬質で滑らかなので、立っているだけで足を滑らせそうだった。咄嗟にしゃがみこんで剣尖を足元に突き立てるも、表面に僅かについた傷の浅さが、美童の脳裏に複雑な感情をちらつかせる。
「どうやって倒せってんだ……」
サソリは背中にへばりついた異物を振り落とそうと大地を揺らしながら抵抗した。鞭のように撓った尾が周囲に黒い風を巻き起こし、砂塵が舞う。
我に返った美童は硬質な背中に全身を張り付けるように必死にしがみついた。
背中にほど近いところにある眼球は硬質なサソリの身体の中でも覆しようのない弱点であるはずだ。なんとか前の方へ移動してそこを狙えば――否、目よりも確実な弱点があるではないか。どこにあるのかはわからないが、絶対に存在しているはずの弱点。
美童はそれを探して視線を走らせた。けれど、ここからはそれらしいものは見つからない。ろくに身動きも取れない現状に苛立ちが募るばかりだ。せめて少しでも移動できれば……。
美童は腹這いになって前へ進む。剣が邪魔で思うように動けない。揺れが少なくなったタイミングで億劫そうに身を起こすと、腰を低くしたままそっと立ち上がった。なんとかバランスを保ちながらソロソロと前へ移動する。剣を支えにするようにかつかつと地面を突いて数歩、歩いたその時、足元が崩れ去るように消えた。目を回したサソリが関節を屈するようにしてよろけたのだ。
「あっ」
その拍子に美童の手から剣が滑り落ちる。
「しまった!」
剣は硬い背中に弾かれて、空気を入れたばかりのゴムまりのようによく弾み、くるくると円を描いて飛んで行く。
切っ先を下に向けて落ちてゆく剣は緩やかな放物線を描いて……
「え」
……というのはテオの声だ。
剣は、タフィの手綱を握り締めて美童の無事を祈っていたテオの足元に深々と突き刺さった。さながら、「私を扱うのはあの男ではなく、お前だ」とでも言うように。
刃の表面が鋭く光った。そこに映った己の顔が酷く青ざめていて、情けない顔が自分を見つめ返してくる。
「う、うそでしょ……」
テオは助けを求めるように、涙目で美童のいる方を見た。その時、四肢を震わせて立ち上がろうとしていた巨大サソリが、赤く発光する縄で全身を強く縛り上げられ、それに抗うように脚の関節をギシギシと軋ませた。
「やれ、テオ!」
上から顔を覗かせた美童がとんでもないことを叫んだ。
「こいつは今、僕の魔法で動けなくなっている! 長くはもたないかもしれない! だから、早く!」
美童の手はサソリの背中の中央を押さえている。拘束魔法の弊害で、押さえた箇所がサソリを縛り上げる結び目となっており、そこから手を離すと全体の拘束が解けてしまう仕組みとなっている。拘束する対象が巨大であるが故の弊害であったが、こうなってしまっては美童以外の誰か――テオが、こいつを仕留める他なかった。
「で、でも……」
美童は縄の端を掌に巻き付けて、拘束が解けないようにしたまま、「
大気に含まれた水分が寄り集まり、パキパキと音を立てて凝固し出来た鋭利な氷柱が、巨大サソリの砂上を這う手足の関節を思い切り突く。それは深く食い込み、抵抗すらできないよう、大地にしっかりと縫い留める。
サソリは古びた金属同士が擦れ合うような悲鳴を上げ、大地の上に
「よし、いいぞ――」
美童はきょろきょろと周囲を見渡し、何かを探す。こういった常軌を逸脱した生物は必ず弱点となる核が存在する。これだけ大きな体を動かすには普通の生物と同じ生体であるはずがない。
背中には見当たらなかった。こんなわかりやすいところにはないか……そう思った直後、
「うわっ!」
美童は足を滑らせた落下しかけるが、何とか縄にぶら下がる形で地面への激突は免れた。滑った際に背中を強か打ち付けて柳眉が歪む。
結び目が手から離れたことを案じた美童だったが、手の中には縄の端と端をきつく結わいた結び目がしっかり握られていたので、完全に拘束が解けずに済んでいた。しかし、結び目と定めた箇所から手を離してしまったことで、確実に縄は緩んだ。
急いで元の場所で魔法を編み直さないと――そう思ったその時、視界の端にちらりと赤く発光したものが映る。――サソリの腹……中央部。あった。核だ。
「テオ!」美童は腹の底から叫ぶ。「ここに核がある。君が壊すんだ!」
考えるよりも先に身体が動いたテオは、急き立てられるように手を伸ばし、剣の柄を握りしめて、ごくりと唾を飲み込んだ。
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