第4話【血】Side-A

▼やはり妹は殺すべきだ。





僕は選択した。もう引き返せないが、迷わない。腹をくくり、妹と向き合う方向性を定めた。





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午後11時、夜更け。






間曳野まびきのワンダーランド跡地あとち。タカシが突き止めた妹の潜伏先と思わしきこの場所で、チームKMSの面々は集結していた。






市が総出を上げて建設したこのテーマパークは、観光地バブルの余波によりわずか2年半の期間を持ち閉館する事となった。僕が淘汰町とうたちょうに引っ越してきた頃には既に潰れてしまっていて、入場するのは今回が初となる。





全国の廃墟はいきょマニアにとって隠れスポットでもあるらしいのだが、タカシが関係各方面に“人払い”を依頼したそうなので、他の一般人に遭遇する事はなかった。いて挙げるならば頭の欠けたマスコットキャラクターであるワンダー君(野球のユニフォームを着た犬のようななにか)の胸像きょうぞうに対して、図らずともビクリと驚いてしまったことぐらいか。夜中の廃遊園地は想像以上に不気味なんだなぁと、勉強にもなった。





入り口ゲートを抜けて、そのまま真っ直ぐに進み、目的地であるワンダーキャッスルに到着する。中に入ると、不自然な程に天井が高い大広間になっていた。はじめて来た場所なのに何処どこか見覚えがあるなと考えていると、動画内で拷問を行われている場所だったと認識した。脳裏のうりよみがえるグロテスクなシーンの数々、嫌な近似感きんじかんに気分が悪くなる。





そして不意に、僕達が這入ってきた扉がバタンと閉まった。一呼吸おいてガチャリと、施錠せじょうされた音まで聞こえてきた。どうやら閉じ込められたようだ。





「こんばんわ。ご機嫌うるわしゅう、おにいさま。随分ずいぶん久しぶりだこと、わたくし達が再会するのはね」





閉まったドアから振り返るとそこには、





群青ぐんじょう色の髪をなびかせる、アンティークドレスに身を包んだ、伽藍真衣がらんまい微笑ほほえんでいた。





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妹の姿を認識してから、恐らくは数分間ほど記憶が途絶とだえている。





タカシの怒号と共に飛びかかった3人の男達に対し、マイのそばから出現した4人の男達が迎え撃とうとしていた瞬間までは覚えている。その後、歌が聞こえたような気がした。そこで視界がブラックアウトし、再び眼を開く。





放火魔は黒焦げになっており絶命していた。




強姦魔は身体の至る所から骨が飛び出しピクリとも動いていなかった。




殺人鬼は辛うじて生きていたが、口からよだれを垂らしうわ言の様な何かをつぶやきながら、取りかれた様に刃物で裁いた腹から臓物を引きずり出し、それを咀嚼そしゃくしていた。




残りの三十指であろう4人の男達は、うつろな眼差まなざしで天を仰いだまま、直立不動で妹を囲んでいた。外傷がある様には見えない。何故か全員が全員とも裸だった。





一体僕が気絶している間に何が起こったのか。理解がまるで追いつかない。唖然あぜんとしている最中、マイは新しい玩具おもちゃを手に入れた子供のようにくつくつと笑う。





「あらおにいさまごきげんよう。お早いお目覚めで何よりですわ。気分はいかがですの?」





良い訳ないだろうと吐き出そうとしたが、ここで更に忘れていた事を思い出す。





僕は10年前に妹を雪害事故で亡くしたショックから、のだ。





タカシと違って、恐らくマイには手話は通じないだろう。そんな僕の心情をそのまま読み取っているかのように、妹は兄に対してつらつらと言葉を投げかけてきた。





「ごめんなさいね、おにいさま。少しいらっとしたので、お友達はわたくしが壊しちゃいましたの。折角の兄妹が再来を果たす感動の場面に、水を指されるのがいやでしたので」





こいつらは友達でもなんでもない。なんでお前はあんなことをしたんだ。





「あんなこととは、どの・・・・・・あぁ!動画の事ですのね。あれはおにいさまがわたくしをきっと見つけてくれると信じた、メッセージのようなものでして。ネットが発達したこの時代に書簡しょかんをお送りするだけでは味気ないでしょう?単なるお遊びの一環いっかんですのよ」





だからって、殺す必要はなかっただろ。





「うふふ、おにいさまったら冗談がお上手なのね。正常マトモな人間が存在しないこの街の住人なんて、存っても亡くても変わらないのに。いやむしろ無かった方がマシなの。わたくしがおにいさまと巡り合うこの日この時この瞬間まで、ただの暇つぶしだったの」





マイはそう言って、左腕を振りかざしながら異国の言葉で歌いだした。





途端とたんに、取り巻きの男達の頭や顔や目や耳や鼻や口や首や肩や胸や腹や腕や肘や手や指や爪や腰や尻や腿や膝や足首やらが、多種多様に不規則且つ不自然に、風船の様に膨らみ破裂した。





「わたくしはね、おにいさま。あの大雪の日、おにいさまが助けてくれなかった事を酷く嘆いているの。寒さと飢えとで死んでしまう事よりも、もう二度とあなたに会えないと、絶望した。何ガロンもの憂鬱ゆううつで満たされ、なぜわたくしだけこんな辛い目に遭っているのかと、世界を憎んだ。そしたらね、おにいさま。こんな事が出来る様になったんだよ、凄いでしょう!」





ばしゃばしゃと降り注ぐ血の雨を、いつのまにか何処からか取り出したかさで受けながら、彼女は再び微笑む。火薬の臭いはしていないので、爆発物の類ではなさそうだ、ならばこれは。





「そう、これはトリックでもなんでもない。わたくしから他者に信号を送り、強制的に従わせる事のできるチカラ。催眠術の一種とでも言えば分かりやすいかしら」





どうやら、マイはあの事故を契機けいきに開花してしまったようだ。皮肉なものだと、改めて後悔する。回りの大人達が恐れるあまりに、僕達一家を迫害はくがいした結果、一番望んでいない妹が暴走する事になるとは、本当笑うに笑えない。どうせ彼女の事だ、あの後村一帯を丸ごと滅ぼすくらいの事はやっているに違いない。その延長線上がこの街で、そして僕なのか。世界そのものを憎んでいる彼女が、終着点としているのが、僕自身なのか。





「わたくしはね、悟りましたの。痴愚ちぐまみれ少数を迫害し、群れる事しか能が無い下等な輩共は、まとめて平らにならしてあげるのが義務なのだと。めっされると理解わかるな否や、彼奴らは醜悪しゅうあくな姿で命乞いをし、少し与えてやればぐに尻尾しっぽを振り、頭をたれてひざまづく。自己顕示欲じこけいじよくが尊大なものには承認と賛同を。貧困に喘ぐものには富とかてを。肉欲におぼれるものには肢体したい悦楽えつらくを。だって哀れでしょう?自らが道を切り開く事無く他者任せで、何の役にも立たない何の役目もない者なんて、呼吸をする権利すらないのですから。生きているだけで害悪なんですから。だからわたくしが全てを終わらせるの。全部軒並み纏めて総当りで、終わらせるの。でもね。おにいさまが悪いんですのよ。あの日あの時あの場所で、あなたはわたくしを裏切った。見捨てたの。あなたが悪いの。おにいさまの所為せいなの」





十中八九、今の妹に僕が何を言おうが、なしのつぶてで聞く耳持たず、取り合ってもらえる可能性はぜろだろう。事を収めるには、僕がここで彼女に殺される結末しか見えない。死ぬことを回避する手だてはあるにはあるが、その選択肢はとてもじゃないが選べない。





万事休ばんじきゅうすか、とあきらめかけていた時、背後に何者かの気配を感じた。









「姫ぇーえええ!会いたかったよぉ!ずっと会いたかったよおおおお!もう君の姿を視ることも声を聴くことも叶わないけど、もういいよね、散々我慢してきたんだからさぁああ!ここで殺しちゃっても良いよね??るよ???やっちゃうよ?????今すぐに終わらせてあげるよぉおおおおおおお!!」









残す片方の目玉と両耳を鼓膜こまくを破壊したであろう、タカシが立っていた。見た目もそうだが完全に壊れている。顔面から血を流し、ふらふらとたたずんでいる彼の手には、小柄な樹木じゅもくであれば断ち切れそうなほど、規格外な大鋏おおばさみが握られていた。





「視覚聴覚を自ら断ち、嗅覚きゅうかくと感覚で私を探知しようとしたまではめてあげましょう。でも無駄。というかあなたにもう興味は、パンくず程も持ち合わせていないの。ばいばいタカシ。少しの間だったけど、楽しかったわよ」





妹の最後の言葉は彼に届いたかどうかわからない。タカシが奇声をあげ猛然もうぜんと彼女に向かっていく途中で、バチリと何かがぜる様な音が聞こえ、彼は垂直に1メートルほど跳ね上がった後、地面に叩き付けられ二度と動くことはなかった。原理は不明だが、どうやら意識を向けるだけで、細胞単位で信号を送れるらしい。おそらくではあるが、電気うなぎの様に全細胞を直列に動員した静電気の発生を強制的に誘発ゆうはつさせたのだろう。一気に熱量が増加した反動だろうか、亡骸なきがらからは湯気がたっていた。





「また邪魔が入ってしまいましたね。でももうこれでお仕舞しまい。おにいさま。嗚呼、おにいさま。やっとあなたを刈り取れるこの悦びが、どれだけ名誉めいよであるかが解りますか」





右腕の指先から肩にかけて、ゆるやかに且つ急激に痛みが広がっていく。ぱきぱきと音が鳴っている事から、骨にヒビが入り始めているのであろう。声にならないうめき声が吐露とろされる。





「おにいさま。わたくしは歓喜かんきの気持ちに満ちあふれております。やっとあなたを終わらせれる。その後わたくしも終わりに向かえる」





続いて左腕、右脚、左脚と、同様の症状しょうじょうが起きる。痛みの強さは徐々に増していく、たまらずその場に崩れ落ちた。





「おかえりなさい。さようなら。願うならば、叶うならば、来世にてまたお逢いしましょう」





右眉から上の辺りが破裂する。脳に損傷を負ったせいなのか、三半規管が正常に働かなくなったせいなのか、浮遊感に包まれる。痛みはもう感じなかった。避けられない死の匂いが濃くなった。意識が遠のく。









もう僕は助からないだろう。それは覚悟していたし、問題はない。









ただ、酷く後悔をしているのは妹を救えなかった事だ。









許しはわないし、妹を責める気にもならない。









ただ、









本当に、なんていうか。





















不甲斐ふがいない兄貴で、ごめんな。





















・・・






・・・・・・





・・・・・・・・・










Not Continued...【dEaD eNd !!!】

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