第2話【省】

間曳野市淘汰町まびきのしとうたちょう




元号がもうすぐ変わる間際まぎわだというのに、この街の治安は最悪だった。




失業率や犯罪係数は国内最下を毎年更新し続け、暴徒ぼうとで溢れかえる町並みは行政は勿論もちろんのこと、あらゆる機能が正常に働いていない有様ありさま




そんな掃溜はきだめじみた町並みで、僕は平凡に暮らしていた。件の通知を受け取るまでは。





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スマートフォンにURLだけ記載きさいされたショートメッセージが届き、いつもならスパムだろうかと開封すらせず消去するのだが、なんだろう。虫の知らせに似たなにかを感じ、ブラウザを立ち上げ、指定のページに飛んでしまった。




よくある下卑げひたスナッフビデオであった。椅子いすに縛り付けられた被害者が数多の銀の刃によって血の海に沈む。




惨劇さんげきが繰り広げられる中、懐かしい声が聞こえてきた。




「おにいさま。嗚呼ああ、おいたわしやおにいさま。わたくしは、待っております。あなたにえるまで、仇花あだばなむ作業を続けます」、と。




姿こそ未確認だが、おそらく10年前に生き別れとなった妹に違いないという、確信があった。




それを切欠きっかけにして、毎日昼夜時間を問わず様々な拷問の様を記録した動画サイトのページが送られてきた。妹らしき女性の声は最初と変わらず、悪趣味な一連の様を見続けることになる。




進展のない日々を重ねていたある日、妹の元婚約者を自称する男が我が家を訪問してきた。




「お初にお目にかかります、お義兄にいさん。早速だけど、アンタの妹さんぶっ殺すのに手を貸してくれないか?」





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白石天しらいしたかしは、開幕早々あっけらかんとした笑みのまま、著しく常識に欠ける文言を吐いていたのが記憶に残っている。ほぼ誰にも明かしていない僕の自宅まで辿り着いた経緯けいいを聞くと「伽藍がらんなんて珍しい苗字みょうじ、国内にそう居ないですよ。それに調べる手段は星の数程ありますし」などとはぐらかし、とうとう最後まで種明かしはしてくれなかった。




僕はタカシに近頃送られてくる一連の動画について話した。撮影しているのが妹なのか?実行犯は別に居るのか?この一連の意味不明な光景の真意は何なのか?




謎が謎を呼ぶ。僕はせきを切ったように彼に様々な質問を投げかけた。




「理由はよく分かりませんが、これは確実に妹さんの仕業だと思いますよ」




一瞬間違いだと言う答えを欲した僕は愚かであった。直感は正しかったのだ。




しかし、ここで気になったのが、まだ10代である彼女がどうして悪逆無道あくぎゃくむどうの限りを尽くしているのかについて。それに動画内で妹の声は聞こえているものの、暴行を加えているのはどう見ても屈強くっきょうな男達である。




「これは最近わかったんですが、彼女の回りには汚れ仕事をけ負う複数名の人間が、実働部隊として取り巻きをしているようですね」




あぁ。だからこの動画サイトの投稿者名、“女神めがみ三十指さんじゅっし”ってなっているのか。なら少なくとも30名以上はいるのか、ずいぶん大所帯おおじょたいなんだな。と、不謹慎ふきんしんながら僕は笑ってしまう。




一人で寂しい想いはしていないようで、安心する。友達というものは、大いに多いに越したことがないのだから。




「まぁ三十指だろうが六本腕だろうが、一本づついで行けば、いずれ妹さんに辿たどり着くでしょう。というか、お義兄さんって結構変わり者なんですね。普通怒りません?実の妹を殺す宣言している人間が前触れも無く尋ねてきて、何の疑問もなく自宅にあげて、ご親切にお茶まで出している。普通じゃないですよ」




愛想あいそ笑いで誤魔化ごまかしたが、下手に刺激すると僕の生命までおびやかされるのではないのかと不安だった為、様子を見ていたというのが本音である。恐らく彼の右目が無い原因は元嫁?である妹がやったのだろうから。経緯は分からなかったが、これにも不思議と確信があった。




「分かりました。それではお義兄さん・・・いや、ハジメさんと僕のタッグ名を決めときましょうか」




女神に対峙するに相応ふさわしい名をつけて下さいよと頼まれる。




なんとはなしに、妹を殺すをそのまま英訳し頭文字かしらもじを取った、KMSに決まった。勿論そこには深い意味などない。




というか、まだ実感がなかった。先程からというか動画が毎日送られてきた頃から、どうにも現実味がいてこない。




曖昧模糊あいまいもことして、夢なのかと疑うほどに日々が不鮮明ふせんめい不明瞭ふめいりょうだった。理解が追いついていないままに事はどんどん先へと進んで行く。




この時点では、僕はまだそこまで自分が置かれる状況に危惧きぐしていなかった。





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数日間タカシと行動を共にして分かった事がある。




コイツは人攫ひとさらいと拷問のプロだ。それも特上の、A級ライセンスを保有しているのではと見紛みまがうほどに、鮮やかに迅速に無駄なくすみやかに所作しょさを行う。




身長170cm少々でせぎすな彼は、ありとあらゆる手段を使って対象を確保する。ある日三十指の一員とおぼしき、2メートル近い元格闘家崩れを拉致らちする様は圧巻あっかんの一言であった。




手際は前述の通り華麗かれいの一言で、4日間にも及ぶ監禁及び折檻せっかんの様は、文字に直すもおぞましい。当事者にとっては地獄ですら生ぬるい、苦痛と恐怖の無限連鎖だったのだろう。当然、その後元格闘家は表舞台に出てくる事は二度と無かった。




「勘違いしてもらっちゃ困るんですがね。俺がさらってなぶってもてあそぶのは犯罪者か、あるいはそれが表に出ていないだけの悪党だけですからね。因果応報いんがおうほうですよ、ったらり返される覚悟がないなら、最初っから悪いことするなって奴です」




それこそお前の匙加減さじかげんだろとは口が裂けても言えなかった。




どんなルートで情報を得ているのか全く分からないが、タカシは次々と三十指にたずさわる人間を捕まえは拷問し、処分し続けた。




僕はその様をかたわらで見ている。




自らは加わらず、指をくわえて眺めていた。




相変わらず現実味はなかった。




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そんな生活が2週間ほど続いた後、しばらくの間届いていなかったURL付メールの着信音が鳴る。そこにはいつもの惨状さんじょうは無く、首から上が見えない服を着せたマネキンじみた何かがうつし出されていた。




「おにいさま。うふふ。どうやらお友達が出来たみたいね。わたくしの兵隊さん達が、近頃どんどん減っていっているの、おにいさまだけの仕業だけじゃないのでしょう。早く私の元に辿り着いて。遭いに来てくださいまし、おにいさま」




語気こそ荒くないものの、どこか凄く怒気をはらんだニュアンスにぞっとしない。動画を一緒に見ていたタカシに至っては、眼球が存在しない眼窩がんかを指でぐりぐりと穿りながらゲタゲタと嗤っていた。むしる指には、うっすらと血がにじんでいる。




「おぉ~なんだよなんだよ姫ったら想像以上に元気そうじゃんなんだよなんだよ久々に声聞いたと思ったら相変わらず人の神経逆撫さかなでするのうまいなぁ~本当に本当に本当かわいくてかわいくて憎くて憎くて脳味噌が飛び散りそうだよっていうかなんで姿見せねエンダヨてめぇええええええええええ!!!」




情緒不安定なのは付き合いだしてから十二分に知ってはいたつもりなのだが、その怒っているのだか喜んでいるのか判断に苦しむ言動と表情と行動はどうにかならないものかと逡巡しゅんじゅんする。




興奮した彼の手によってリビングの窓が全て割られたせいか、吹き荒ぶ隙間風がやけに寒気を感じさせた。





To Be Continued...▶︎▶︎▶︎Next【10】

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