第15話 はなればなれに
転機は平成元年です。
私は高校を卒業してから、本当は東京のアート系の専門学校に進学を希望していたんですけれど、なぜか私を銀行員にさせたがっていた両親がそれを許すはずはなく、私自身にもそれほど濃厚な将来設計はなかったので、高校卒業後半年ほどブラブラしていてから彫金のアトリエで仕事をするようになったんです。
今は年商1億円オーバーの株式会社なので小バカになんかとてもできませんが、私は良くしゃべるので社長に気に入られたそうで、「ラジオ代わりにオマエはここにいておけ」と言われて、社長のいる1階で彫金の仕事をしていました。
銅銭や真鍮板を切りパーツを作るところから作業が始まり、催事での販売や委託先回りまで全部が仕事でした。
10個の商品を作る時に、1個はその時の技術でアレンジしてみる、そう言う感じでデザインもしました。
意外と私、技術力がなかったので、簡単でキャッチーなものを作ることができて、そこそこアトリエ内では発言権がありました。
でも、さすがに23歳にもなると仕事にも飽きたんです。
その時期に遊び友だちが一斉に札幌を離れて、東京やニューヨーク、オーストラリアとはなればなれになってしまったんです。
最後に残った女の子ふたりで「私たちもどっか行く?」って話になって、札幌を離れたのが平成元年だったんです。
もちろん、生まれて育った町ですから思い入れはありますが、それから短い帰省以外では一度も札幌に滞在したことがないのは、ふるさとは自分が思っているほど自分のことを思っていてはくれないってことが分かったんです。
新しい土地で暮らすことは苦労の連続でした。
スーパーメンヘラの彼氏ができて半殺しにされたり、人生のピンチもありました。
それでも札幌に戻ろうと思わなかったのは、あの9歳の夜、足首を雄一に捕まれた感触を必ず思い出すからでした。
やがて私は新しい土地で信頼できる男性と知り合い、結婚をして子どもを産みました。
男の子だと分かった時に、私のような被害に遭うリスクが少ないだろうと真っ先に思って安堵したものです。
子どもが保育園に通うようになり、私は小さな手芸教室を始めました。
その頃、新聞のごく小さな記事が私の心を大きく揺さぶりました。
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