第11話「ラブレター」(お題M1『手紙』より)

 それは私の下駄箱に入っていた。


『八色みずは様へ』


 封筒に書かれた文字の筆跡は見たことがなかった。カナメだともっと達筆だし、すずちゃんはもっと悪筆だ。


 嫌な予感がした。もしかしてカナメとの同居がバレて、ファンが抗議文か脅迫状を送りつけてきた、とか。


 私は封筒の上から、カミソリとか何かしら危険な異物が入っていないか触って確かめたが、特に異常はなさそうだった。


 それから右、左と誰もいないのを確認して、ゆっくりと封をはがして、手紙を取り出して読んだ。


「んん?」


 つい唸り声が出てしまった。ある意味、まだ抗議文か脅迫状の方が良かったかもしれない。


 *


 カナメの部屋にデザートのアイスクリームを持っていったら、彼女は机にかじりついてペンを動かしていた。いつものファンレターに返事を書くお仕事だ。


「書いても書いてもキリがなくてね、参ってるよ」


 自慢ではなく、本当に困惑している様子だった。


「律儀に返事書かなくても、口でお礼を言えばいいのに」

「そうはいかない。相手は真剣な気持ちで書いてくれてるんだから、私も同じように答えないと」


 こういう律儀なところが人気を支える要素の一つなんだろうな。


「ま、一息入れて」


 アイスクリームの入ったガラスの器を机に置いた。


「ファンレターの中には愛の告白みたいなのもあるわけ?」

「無いんだな、それが」


 詳しい中身は当然言ってくれなかったけど、ほとんど文通のようなやり取りらしい。


「ふーん、みんなあくまでカナメのことを"アイドル"と割り切って考えているのかな。何かこう、みんな私こそカナメ様にふさわしいのよといった感じでグイグイ攻めてきそうな感じがあるけど」

「そこまで盲目的じゃないってことだよ、さすがにね」

「だけどカナメ。もし、本気のラブレターが来たらどうする?」


 カナメは少し間を置いて答えた。


「返事に困る」

「どう困る?」

「いやだって、断ったら傷つくだろ? かといってはいわかりました、と受け入れるわけにもいかないし」

「例えば送り主が、仮にカナメに好きな子がいたとして、その子だったとしたら?」

「それは……うーん」


 カナメは腕組みをした。もし受け入れたら絶対に取り巻きが黙っていないだろうから、送り主に害が及ぶかもしれない。


「あ、溶けちゃうから食べて」

「うん」


 カナメはアイスクリームにスプーンをつけた。


「少なくとも、ラブレターが来たら返事は自分の口で直接するよ」


 答えは質問からズレてはいたけれど、私に対して送られてきた手紙にどうリアクションするべきかの指針にはなった。


 中学時代まで男子とつき合った経験もなければ告白されたこともない私は、女子からラブレターを貰ってしまっていたのだ。


 *


 ラブレターの送り主は鮫島たつみという生徒だった。クラスは中等部3年C組、高等部からの入学である私は彼女について何も知らない。


 しかしラブレターを読む限り、鮫島さんの方も私のことについてはそんなにわかっていないらしい。私は委員会活動で中庭にあるマリア像の掃除を行っていたことがあったが、鮫島さんはその様子を見て一目惚れしてしまったと、ラブレターにしたためた。


 華美な修飾語を多様していたけれど、それらを省いて要約すれば「マリア像を掃除するお姿がきれいで見惚れてしまい、好きになりました。つきあってください」となる。運動場でスポーツやってる姿とか図書室で本を読んでる姿とかだったらもうちょっと格好がつくのに。


 とにかく私は鮫島さんの下駄箱にメモ帳の切れ端を入れておいた。それには直接返事をするから放課後に中庭の体育館の裏に来るようにと書いてある(定番の呼び出し場所だ)。私はともかく鮫島さんにとっては大事なことだから、口頭できちんと伝える方が良いと考えた。


 しばらく待っていたら、鮫島さんがやってきた。


「は、はじめまして、八色やしきみずは先輩」


 二つ結びの、ちょっと気弱そうな少女は声を震わせていた。苗字の読みを間違っているがそのままにしておく。


「はじめまして、鮫島たつみさん」

「私の手紙を読んでいただき、ありがとうございました」


 鮫島さんは丁寧に頭を下げた。私も半ば条件反射的に「いえいえ」と頭を下げる。


「早速、お手紙の返事だけれど」

「は、はい」

「ごめんなさい、お受けできません」


 私はもう一度頭を下げた。姿勢を直すと、鮫島さんはしょんぼりした顔つきになっていた。


「そうですか……」

「私を好きになってくれたことに対してはありがとうね。だけど鮫島さんは私の外面しか知らないし、私に至っては今鮫島さんのことを知ったばかりだし。いきなりお付き合いしようとても上手くいくはずはない」

「……そうですよね。すみません、浮かれていたようです」

「何も謝ることじゃないわ。人に告白するって勇気がいることだから生半可な気持ちでできるはずがないもの」


 告白した経験なんかないのに我ながら偉そうにしゃべるなあ、と自分自身に少し呆れる。


「そう言って頂けると、救われます」


 鮫島さんは言葉とは裏腹に、表情にさらに一層悲壮感を滲ませていた。


「本当にありがとうございました。さようなら」

「あ、ちょっと待って!」


 踵を返して戻ろうとする鮫島さんを私は呼び止めたが、彼女は駆けて行ってしまった。


 きっと、彼女の心を傷つけた。だけど私は罪悪感を抱くどころか、むしろ去り際の投げやりとも思える態度にかえって腹が立ってきた。


 フラれても友達ぐらいにはなれたかもしれないのに、ダメだったらはいそれまでとばかりに関係を絶つ。私が拒絶したのは鮫島さんの告白であって、鮫島さん本人ではないのに。


 カナメだったら、もっとスマートに断れたのだろうか。


 *


「ただいま」

「おかえりー!」


 エプロン姿のカナメが軽いハグで出迎えた。


「ん、何だか元気がないな」

「委員会活動がちょっとだけ忙しかったからね」


 そう言い繕った。


「で、今日のご飯は何?」

「鮭のムニエルだよ」

「魚のDHAはストレスにも良いって聞くわね。食べたらマシになるかな」

「ねえみずは、何か嫌なことでもあったの?」


 カナメは真剣な面持ちで聞いてきた。これ以上ウソをついてもバレるような気がしたから、今日起きたことを正直に伝えた。


「そうだったのか……それで昨晩、ラブレターの話を振ってきたんだな」

「私の断り方は間違ってたのかしら」

「いや、みずはは悪くないよ」


 カナメが私の肩を軽く叩いた。


「しつこく何度も何度も迫られるよりはマシだろう。そう考えよう」

「うん」

「よし。じゃ、ご飯の準備するからね」


 いつものように他愛も無い会話をしながらご飯を食べ、それが終わった頃には、もやもやした心はすっかり軽くなったのだった。

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