第9話「水と水」 (お題D56『水』より)

 両親によると、私の名前、みずはには「水の女神」という意味があるらしい。何を思って水に関係する名前をつけたのか聞いてみたら、水は万物の生命に欠かせないものだから、生命を慈しむ心を持って欲しいという願いをこめてそのような名前をつけてくれたのだそうだ。


 確かに水は生きていくのに欠かせない。昔ちらっと聞いたことがあるけど、人間は食べなくても水だけを飲んでいれば長期間生きることができるらしい。水の力がいかに生命活動に関わっているのかを思わせるエピソードだ。


 水にちなんだ名前をつけられた私自身は、水のように万物の生命を助ける大きな存在になっているとは到底思っていない。それでも身の回りにいる人、ぶっちゃけて言えばカナメのことだが、彼女を助けるための最低限のことはちゃんとやっているつもりだ。


 カナメとは家事を分担して、カナメにはいろいろと助けられることもある。その意味ではカナメも私にとっては水のような存在なのだ。


 水と油ならぬ水と水との関係。カナメとはまだ一緒に住んで間もないのに、水と油のごとく分け隔てるようなものがないぐらい良い関係を築けているのは、果たして血縁関係から来る家族感だけが理由なのだろうか。


 そんなことをつらつらと考えつつダイニングのテーブルを拭いていたら、カナメが帰ってきた。


「ただいまー……」

「おかえり。あれ、元気ないじゃない」

「生徒会長に捕まってさ、長々とくだらないおしゃべりにつきあわされたんだ。もうヘトヘトだよ……」


 カナメの人気にあやかろうと生徒会の人たちが接触していることは私も知っている。人気者は辛いものだ。


「あああ……」


 カナメは相当しんどい思いをしいようで、拭いたばかりのテーブルに突っ伏してしまった。


 私は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、氷を入れたグラスになみなみと注いでカナメに差し出した。


「お疲れ様でした」

「ありがと……」


 カナメはグイッと半分飲み干した。


「ぷはーっ、ちょっとだけ生き返った」

「オッサンがビール飲んでるみたい」


 私は苦笑いした。


 それからカナメは、酒に酔ったオッサンが愚痴をこぼすかのように生徒会長の悪口をあーだこーだと言いまくったが、全部聞いてあげてから頭をよしよしと撫でてあげたら機嫌はたちまち良くなった。

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