第8話「犬耳」(お題W2『犬』より)
みずはが帰宅してきた。手には紙袋を携えている。
「カナメ、いいものをあげるわ」
「え、何なに?」
紙袋から中身を取り出して、私に突き出してきた。
「これ、着けてみて」
「え……?」
みずはの顔はいたって真面目だ。だけど手に持っていたのはカチューシャ。ただのカチューシャではない。犬の耳がついているのだ。
私は自分を指さした。本当に私が着けるのか、という無言の問いかけだ。
みずはは大きく二度うなずいた。
「前から思ってたんだけど、カナメって何か犬っぽいのよね。だから似合うんじゃない?」
「犬っぽい、かな……」
みずははただ一人、私が遠慮なく甘えられる相手だ。それを繰り返してきたから、みずはには私が犬っぽく映っているのかもしれない。
みずははちょっと吊り目ぎみだから猫っぽい。ちなみに他もいろいろな部分が私と対照的だ。髪の色は私は少し明るいがみずはは艶のある黒。私がショートヘアーなのに対してみずははロングヘアー。みずはの胸は大きめだけと私は……お察しだ。
「ていうか、何で犬耳カチューシャなんか持ってるのさ?」
「委員会活動で要らない衣服とかタオルとか集めてるけど、中には変なものを送りつける不届き者がいるのよ。本来なら容赦なく廃棄処分にするところなんだけど、なぜか今日はジャンケンで負けた者が持って帰ることになっちゃったの」
「なるほど。で、君はジャンケンに負けてしまったと」
「その上みんなが着けてみろってうるさいから着けてあげたのに、思いっきり笑われるし」
「着けたのかよ。ご愁傷様だな……」
確かに猫に犬耳は似つかわしくないが。
「ということで、私の苦しみも分かち合うという意味合いもこめて着けてみて」
「何が『ということで』だよ。もー」
呆れてみせたものの、みずははカチューシャを持つ手を引っ込めようとしない。
「……どうしても?」
「うん、どうしても。一回だけで良いから」
しょうがないな。
「……はいはい、一回だけだからね。だけど笑うなよ?」
「笑わない」
私はカチューシャを受け取ると、頭に着けた。
「おお」
みずはが目を大きく見開いて唸った。
「……すっごく可愛い!」
「かっ……」
最後に可愛い、なんて言われたのはもう何年前の話だろうか。少なくとも聖女学院に入学してからは一度も無い。
どう言葉を返していいのかわからず固まっていたら、みずはは私の頭に手を伸ばして、撫でてきた。
「よーしよしよしよし」
「……」
「わっ、顔が真っ赤になってる。ますます可愛いー」
恥ずかしいのに加えて、何だか馬鹿にされたような感じがして少々むかっ腹が立ったから、私は反撃してやった。
「ワンッ!!」
「きゃっ!」
熱いものでも触れたかのように、みずははサッと手を引っ込めた。
ビクついたみずはを見たら、もうちょっとだけイジメてやりたい気分に駆られてしまった。私にはサドっ気があるのかもしれない。
「ワンッ、ワンッ」
「ちょ、ちょっとちょっと!」
私はみずはに抱きついた。軽いハグぐらいなら何度もしたことがあるけど、それとは違って大型犬が飼い主に飛びついてのしかかるような抱きつき方だ。私にしっぽが生えてたらブンブン振ってたことだろう。
みずははたまらず椅子に座り込んだ。それでも私は攻勢の手を緩めない。ワンワン吠えながら力強く抱きしめてやった。
「もうっ、調子に乗らないの!」
カチューシャをつけている感覚が無くなった。みずはが取り外したのだ。
「えー、もうおしまい?」
「ええ、じゅうぶん満足したわ……」
自分からけしかけといて、つまんないなあ。とりあえず私はみずはを解放してやった。
「カチューシャはどうするの?」
「捨てるわ。持ってたって仕方ないもの」
「捨てる前にしばらく貸してくれよ」
「何? もしかして気に入ったの?」
「そうじゃないけど、君が可愛いなんて言うからどんなものか鏡で見ようと思ってね」
私はもう一度犬耳カチューシャを着けると、洗面所に向かった。
「う、これは……」
私は決してナルシストではない。だけど鏡に映った犬耳姿の私は、自分でもよく似合っていると感じる程だった。
両手を軽く握りこぶしにして、犬の前脚に見立てて胸の前に持ってくる。
「ワンッ」
鳴いてみた。そうしたら後ろで「プッ!」と吹き出す音が。
鏡の中では私の後ろで、みずはが口を抑えて身を震わせていた。
「かっ、カナメ……やっぱ可愛いわ……」
もうやけくそだ。
「ウーッ……ワンッ!!」
「きゃーっ!」
すっかり犬になりきった私はみずはを追いかけ回した。そのために夕飯の準備がおろそかになって食事がだいぶ遅くなってしまったが、ま、自業自得ということで。
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