第7話「カナメ様はハンバーガーを食したい」 (お題D49『ハンバーガー』より)
お風呂上がりのカナメが、アイスコーヒーを口にしながら聞いてきた。
「玉井駅南口の方に『デリバーガー』ってハンバーガーの店ができたの知ってる?」
「知ってる知ってる。口コミサイト見たことあるけど物凄い高評価がついてるわ」
聖女学院の最寄り駅である玉井駅。私たちが普段登下校に利用している北口と真反対の方にできたデリバーガーはチェーン店ではない個人経営の店だ。そこはアメリカ人が経営しているので本場アメリカの味が堪能できると好評で、お昼時ともなると行列ができるのだそうだ。チェーン店に比べたら割高感があるもののボリュームは倍近くあり、サイトに投稿された画像に映っている大きなハンバーガーを見るだけでも激しい食欲がそそられてくる程だ。
「誰か食べたことがあるかって周りに聞いてみたんだけど、誰も店に行ったことがないって言うんだ。そもそもハンバーガーそのものを食べたことがない子もたくさんいてね、ちょっと気まずかった」
「お嬢様が多いしね、内部生は」
行儀よく育てられた子は下校ついでに買い食いなんかしないし、普段からファストフードを食べる習慣もないのだろう。しかし外部生となると多少お嬢様度は下がるようで、我がA組では食べたことがある子が数人いた。A組で一番仲が良く私たちのことを知っているすずちゃんこと雀地美鈴もその一人だ。そのことをカナメに言ったら、「詳しく」と身を乗り出してきた。
三つ編みに黒縁眼鏡と超地味な見た目ながら行動力は人一倍あるすずちゃんは、先週の日曜日にデリバーガーに行って小一時間も待たされてからようやくテーブルにつけたという。
ハンバーガーセットを頼んでみたものの、ハンバーガーはチェーン店のに比べて一回り大きく、サイドメニューのフライドポテトもMサイズでチェーン店のLサイズ分に匹敵していた。すずちゃんはデブるの覚悟で食べたというが。
『いやーもう肉汁がドピュッドピュッて溢れ出てきてイキそうになったわ! キャハハハハッ!!』
などとすずちゃんは大声で品が無い賞賛をして一人で笑っていた。
私は表現を「肉汁が溢れてすごい」と、オブラートに包んでカナメに伝え直した。
「うわー、やっぱり行列ができるだけあるんだ。食べに行きたいなあ……」
「今のカナメのご身分じゃ無理よね」
聖女学院の王子様的存在である桐生カナメさまはファストフードなど口になさってはいけない。そんな空気が取り巻きの間にできあがっているのは私が見ても明白だった。
「そもそも、カナメこそハンバーガーを食べたことあるの?」
「さすがにあるよ。まだ小さかった頃に二回か三回しかないけど。兄さんたちに連れて行ってもらったっけな」
懐かしんでいるのか、視線が遠い方を向いている。
「私が行ってテイクアウトできりゃいいんだけどねえ、残念ながらデリバーガーじゃテイクアウトはやってないんだって」
「そっかー、しょうがないな……」
カナメは深くため息をつき、アイスコーヒーを一気に飲み干して氷までボリボリとかじった。
「よしっ、じゃあせめて写真撮ってきてよ」
「写真?」
「そ。店とハンバーガーの写真をね。雰囲気だけでも味わいたいな」
そこまでして、と思ったものの、懇願する子犬のような目線を送られてはいいえと言えなかった。
「要するにレポートして来いってことね」
「頼むよ」
私は承諾した。まあ、クラスの話のネタにもなるし。
*
開店時間は朝の十時なのに、デリバーガーの入り口ではもう行列ができていた。いくら土曜日とはいえ混みすぎだろう。
私は早速店の様子を写真を撮ってメッセージアプリでカナメのスマホに送りつけた。すぐに既読の表示がついて、『ムンクの叫び』のようなスタンプが返されてきた。
『マジですか!? こんなに混んでるの!?』
私は『マジです』と送信した。
『無理はしないでね』
『別に並ぶぐらいどうってことない。あと三十分は待ってちょうだい』
『はーい』
私の予測通り、三十分でようやくレジカウンターにたどり着けた。ハンバーガーセットを注文し、サイドメニューはフライドポテトMサイズ、ドリンクはコーラ。すずちゃんと同じものを頼んでみた。
代金を払ってしばし待つと、大きなハンバーガーとMサイズとはいえない大量なフライドポテトがトレイに乗せられて差し出された。コーラだけは普通のサイズだったけど、こうして間近で生で見ると口コミサイトの画像とは全く違う迫力がある。
幸いにも二階の隅の席が空いていたので、私はサッとそこに座った。
ハンバーガーの位置を調整し、袋からはみ出たポテトを整えて、撮影準備完了。周りからもスマホの撮影音が聞こえてくる。この後友達や恋人に送信したり、SNSに乗せて「いいね!」を貰ったりするのだろう。
私はしっかりとハンバーガーセットを画像に収めた。すぐさまメッセージアプリで送信。即既読がついた。
さて今度は味だ。まずハンバーガーを一口かじろうとしたとき、メッセージの着信音が何度も響いた。
『うわあああああああ』
『おいしそう、おいしそう!!』
『食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい』
『あああああああああああ』
私は一言だけ送信した。
『うるさい』
土下座しているキャラクターのスタンプが送られてきて、文字の狂騒はピタッと止んだ。
改めてハンバーガーからいただく。すずちゃんの言う通りだった。深く濃い肉汁がドバッと口の中で広がると、「んん!」と思わず声に出してしまった。
とても美味しかった、としか言いようがない味だった。後のお客さんのことを考えて早食いにならざるを得なかったのが残念だ。
店から出た途端、まるで見計らったかのようにカナメからメッセージが届いた。
『どうだった?』
ヨダレを垂らしている顔の絵文字がついている。本当に垂らしてたりして。
『帰ったら教えてあげる』
そう返事したら『焦らすなよ~』と、ヨダレ顔絵文字を十個も添えてきた。
本当、王子様がするやり取りじゃないな。私はつい笑いがこみ上げてきた。
『買い物してから帰るね』
そうメッセージを送って、私は駅前のスーパーに向かった。
デリバーガー級の味は無理でも、今晩はせめて手作りのハンバーガーとフライドポテトで気分を味わってもらうことにしよう。
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