第6話「灰色の空の憂鬱」 (お題D46『灰色』より)

 やってしまった。


 ここ最近の天気予報が全く当たらなくて、今日は夕方から雨の予報が出ていたにも関わらず、傘を持たずにマンションを出た。確かに昼間までは雲ひとつ見当たらない程の青空が広がっていた。それなのに帰り際になってから灰色の雲が一面に広がりだして、電車に乗ったら雨粒がポツッ、ポツッと車窓を叩き出して、下車したら一気にバケツをひっくり返したような土砂降りになった。


 駐輪場までは駅から出てすぐそことはいえ、この雨の勢いではずぶ濡れになること必至だ。コンビニで傘を買うのもお金がもったいない。


 ただ、雨とはいってもにわか雨の降り方だから、しばらくしたら止むはず。私は待合室でそのときを待つことにした。改札口が一つしかない小さな駅だから待合室もそれなりで、六つしかない椅子は全て埋まっていた。老夫婦らしき二人連れ、サラリーマン風の男性、中年女性、そして他校の女子高生が二人。みんな傘を持っていて足元の床は滴で濡れている。


 そして天気予報を信じなかった私だけが立っている。まるで罰ゲームのように。私の気持ちまでもが灰色の空のようにどんよりとなってしまった。


「は~……」


 ため息をついたら、スマホから着信音が鳴り出した。今の私の気分に似つかわしくないポップなメロディは、カナメからの着信音だ。


「もしもし」

『もしもし。みずは、今どこ?』

「駅の中。雨に降られて絶賛足止め中よ」

『やっぱり、だから傘持って行きなって言ったのに。今から小森さんを迎えに行かそうか? 明日は休みだから、また小森さんに乗せてもらって自転車を取りに行けばいい』

「いいわよ。わざわざ私なんかのために小森さんに負担かけさせないで」

『じゃあタクシーに乗って帰りなよ。お金出すから』

「もったいないでしょ!」


 何だか受話口から、叱られた子犬のような声がしたが放っておいて続けた。


「にわか雨だからすぐ止むわ。ところで今忙しい?」

『ご飯作ってる最中だけど、少しだけなら時間取れるよ』

「じゃあ、暇つぶしにトークしましょ」

『ははっ、わかった。今日さ、数Iの授業で嬉しいことがあったんだ。晩ごはんのときに話そうと思ったんだけど、今話すよ』


 難問でも解いたのかと思ったけれど、問題を解かされた折に黒板に書いた二次関数の放物線グラフがやたらと綺麗な形だと教師にベタ褒めされたのだという。


 私にすればあまり大した話ではないものの、カナメが本当に嬉しそうにしているのが声色だけでもわかった。毎日取り巻きからお褒めの言葉を頂いているはずなのに、教師からは一度も褒められたことがなかったのだろうか。成績優秀だからそんなはずはないとは思うけれど。

 

 それは置くとして、カナメの明朗快活なアルトボイスは、灰色と化していた私の心を少しずつ白くしていった。まるで声帯に清涼剤でも入っているかのように、聞いてて心地が良いのだ。カナメの女子を惹きつける要素は顔だけではない。


『それでねー、授業が終わったら周りが「私にもグラフを書くコツを教えてください」なんて迫ってくるんだけど……あっ、今外見たけどもう雨止んでるっぽいよ』

「本当?」


 私は待合室から出て、駅舎の外に出た。


 雲の色は重たい灰色から白に変わっていて、雨はさっきまでの土砂降りがウソだったかのようにピタッと止んでいる。


 私の気持ちが楽になったから雨も上がったのだろうか。


「本当だ。じゃ、早速帰るね」

『うん。今日の晩ごはんは肉じゃがだよ。楽しみにしててね』


 肉じゃがは私の好物の中で、カレーと並んで双璧を成している。私は駐輪場から自転車を出すと、濡れそぼった道を全速力で走ったのだった。

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