第5話「タオルゲット」 (お題W1『タオル』より)

 あれは、とある雨の日の体育の授業が終わったときだった。バスケットボールをやっていてみんなから黄色い声援を浴びながらシュートを決めまくったは良かったものの、不快指数の高い体育館で動き回ったものだから授業が終わったら汗でびしょびしょに。


 更衣室でさっさと着替えようとしたのだが、汗を拭くタオルを迂闊にも忘れてきてしまっていた。


「ねえ、誰か予備のタオル持ってたら貸して」


 呼びかけた途端、ロッカーが一斉にバタンバタンバタンと音を立てた。


「どうぞ!」「どうぞ!」「どうぞ!」「どうぞ!」……


 先日たまたま衛星放送の映画が昔の映画で、ヤンキーがたばこを咥えたら舎弟たちが機敏な動作でマッチに火をつけ灰皿を用意する場面があったけれど、クラスメートたちはそれと同じような動きで一斉にタオルを差し出してきたのだった。


「一枚でいいんだけど……」

「じゃあ私のを使ってください!」「いやいやここは私のを」「私のを使っていただくの!」


 更衣室の空気が殺伐としたものになりかける。私は手を叩いて言い争いを止めさせた。


「はいはい、じゃあ平等にジャンケンで決めて。勝ち残った子のを借りるから」


 たちまち「ジャンケンホイ!」の大合唱となった。負ければ悲鳴勝っても悲鳴。こんな殺伐としたジャンケンがあっただろうか。


 五人残って、武藤さんという子がチョキを出して残り四人がパーを出して一気に勝負が決まった。武藤さんはまるで東京大学の受験に合格したのかと思うぐらいのはしゃぎぶりを見せた。


「改めて、どうぞ!」


 何の変哲もない白の無地のタオル。しかし手に触れるととてもふんわりしていた。


「ありがとう。明日洗って返すよ」

「いえっ、カナメ様に差し上げます!」

「そんなの悪いよ」

「いえいえっ、遠慮なさらずに!」


 武藤さんだけでなく周りも「受け取ってあげてください」と無言で訴えていたから、仕方なく私は貰うことにした。


 *

 

「カナメー、ちょっと来て!」


 風呂場の方からみずはの声がしたから、私は自室を出て向かった。


 みずはは洗濯機の側で、白いタオルを持っていた。


「これ、ウチで使ってるタオルじゃないけど?」

「あ、ごめん。言ってなかったな。それ、クラスメートから貰ったんだ。今日体育があったのにタオルを忘れてさあ」

「また貰ってきたの?」


 みずはは少々呆れ気味になっていた。まあそれも無理ない話だ。


 私の取り巻きの子たちは何かにつけて贈り物をしてくる。常々「無理しなくて良いから」と遠まわしに言ってはいるけれど、意図が全く伝わっていないようだ。かといってはっきりと要らないとも言えない。がっかりさせたくないし。これが私のいわゆる「そういうとこ」だと自覚してはいるけれど。


「なかなか良い手触りなのに手放しちゃうなんて勿体無いことするわね」


 みずははしばらくタオルを弄っていたが、不意に頬に当てた。私の汗が染み付いているタオルを。


「ちょっと何してんの。汚いよ!」

「ふかふか具合を顔で感じたかっただけ。別にカナメの汗ぐらい汚いとは思わないわよ」


 そんなことをしれっと言うものだから、かえって私の方が恥ずかしい思いをした。


「家のフェイスタオルとして使うことにするわ」


 みずははそう言いながらタオルを洗濯機に放り込むと、運転ボタンを押したのだった。

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