1-9

 ――目覚めた時に視界に広がる眩しい光に有紗は目を細めた。視線を彷徨わせると眩しいと感じた光は電気の灯りだった。


(ここどこ?)


『起きたか』

「……きゃあっっ!」


突然目の前に現れた加納の顔に驚いた有紗は短い悲鳴を上げた。


『きゃあって何だよ。失礼な奴だな』

「あ……ごめんなさい。びっくりして……。ここは?」


起き上がった時に頭がズキズキ痛んだ。有紗はこめかみを押さえて顔をしかめる。


『うちの更衣室。あんたが寝てるとこはただのソファーだから気を付けないと落ちるぞ』


ぞんざいな言い方だがさりげなく注意を促してくれたらしい。有紗が寝かされていた場所は大きめのソファー、身体の上には女物のふかふかしたブランケットがかけられていた。


 部屋には灰色のロッカーが並び、加納は有紗の近くに置いたパイプ椅子に座っている。


「あの……私どうしちゃったんですか?」

『それを聞きたいのはこっちなんだけど。店の中でケンカ始めたと思えばあんたが急に震え出して意識失って倒れたんだ。覚えてねぇの?』


有紗は両手で顔を覆って項垂れた。


「意識を失くす前までは覚えています。ご迷惑おかけしてすみません……」

『一応、救急車呼ぼうとしたんだけどあんたの友達がそれは止めてくれって言ったんだ。あんたは騒ぎを大きくしたくないだろうからって……。店長と相談してしばらくここで休ませておくことになった。他に聞きたいことは?』

「えっと……奈保は……一緒にいた友達は……」


更衣室に奈保はいなかった。有紗のコートと荷物は加納の横のパイプ椅子の上に置いてある。


『20分くらい前まではここにいたんだけど遅くなるし帰した。すっげー心配してたから後で連絡してやれよ』

「はい……」

『気分は?』

「ちょっと頭が痛いですけど……大丈夫です」

『そ。少し待ってろ。何か身体あったまる飲み物持ってきてやる。それと、その膝掛けはうちのスタッフの物だから汚すなよ』


 加納が更衣室を出ていった。雑然とする部屋にひとりで残された有紗は途端に心細くなる。


「また発作起きて倒れちゃった……」


体がだるい。PTSDの発作が起きた時はいつもこうなる。

スクールバッグに手を伸ばして金平糖の巾着袋を取り出した。金平糖を二粒口に入れる。

金平糖は御守り。薬やどんな治療よりも効く、精神安定剤だ。


 ――“全部有紗のせい”―― 美咲に言われた言葉が繰り返し再生される。


 1年前の聖蘭学園生徒連続殺人事件もこの前学校で起きた刺傷事件も犯人の標的は有紗だった。去年殺された先輩や同級生、この前被害に遭った生徒や教師達は巻き込まれただけ。


 ――“有紗。事件のことを私のせいと思ってはいけないよ。私のせいと思うことは被害妄想だ。悪いのは犯人であって有紗じゃない。私のせいだと思うことは亡くなった人に失礼だよ。有紗がやらなければいけないことは生かされた命で精一杯生きることだ”――


精神科医の父の言葉を思い出して彼女は目を閉じた。事件が起きたことを自分のせいと思い込んで悲劇のヒロインぶるのは亡くなった人に失礼だ。


 それでもどれだけ有紗が事件から距離を置こうとしても周りがそうさせてくれない。

美咲のようにあの事件は有紗のせいだと後ろ指を指す人間は他にもいる。

何も知らない人間に好き勝手に非難されることが悔しかった。

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