エピローグ

10月20日(Thu)


 浅丘美月は明鏡大学の中庭のベンチに腰を下ろした。約束の時間まであと少し。

彼女が来てくれることを願って美月は空を見上げる。秋晴れの綺麗な青空だった。


小道を知った顔が歩いてくる。立ち上がった美月はその姿に向けて片手を振った。


「来てくれてよかった」

「お話って何ですか?」


 清宮芽依は青白い顔を伏せた。美月が芽依の手を引いてベンチに座らせる。健康的だった芽依の頬は痩けて、目の下のクマも目立っていた。


「私ね、芽依ちゃんに話を聞きに来た小山さんって女の刑事さんと知り合いなの。芽依ちゃんの事情は全部聞いたよ」


美月は小山真紀から芽依の過去の罪も赤木奏のことも聞いている。真紀から事情を聞かされて、美月にはどうしても芽依に話したいことがあった。


 芽依は伏せた顔をさらに下に向ける。美月には知られたくなかった。

彼女は大好きで憧れの先輩だから、10年前の罪を知られて嫌われたくなかった。


「美月先輩は私のこと嫌いになったり怖くなったりしないんですか? 私は親を殺したんですよ。人殺しなんです」

「……5年前の夏の話をするね。私が17歳の夏休み、ある人に出会って恋をしたの。その人も私を愛してくれた」


 芽依の質問には答えずに美月は見上げた空の青色に5年前のあの人の姿を映し出す。

あの人は秋生まれだった。誕生日は10月。生きていたら39歳になっていた。


「だけどその人は殺人を犯していた。私は殺人犯を愛したの。彼が犯罪者だと知った今でも彼を愛したことは後悔していないし、今でも彼は大切な人なんだ」


初めて知らされた美月の過去に芽依は言葉が出なかった。いつも笑顔で明るくて、キラキラしている美月がそんな悲しい過去を背負っているなんて、思いもしなかった。


「芽依ちゃんは赤木さんが大好きだったんだよね。赤木さんも芽依ちゃんのことが大好きだったんだと思う。だから自分が居なくなることで芽依ちゃんを守ったんだよ。私はそう思う」


美月の優しい微笑を見ていると自然と涙が溢れていた。抱き寄せられた美月のぬくもりは温かい。人の優しさの温かさだった。


「こんな風に守られても嬉しくない……私はずっと一緒に居たかったのに……」

「そうだよね。ずっと一緒に……居たかったよね」


 約束したから、だからサヨナラ。

 愛しているから、だからサヨナラ。


 秋の柔らかな風に舞う木葉がベンチにいる二人の足元にふわりと着地した。小さい秋の落とし物。

彼女を見つけたのは彼、彼を見つけたのも彼女。

お互いに大事だったから……だから永遠に。


 ――さようなら。愛する人。



   END

→あとがきに続く

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