亡骸
処刑の日まで1週間もない。
その夜、情報屋から1通の便箋が届いた。
宛名はシノン・アルビットと書かれている。
滝沢宛ての手紙だった。
指名手配されている以上、偽名を使う他なかった。
手紙を開くと、そこにはこの世界の文章が数行に渡って羅列されていた。
……読めない。
「これは、なんて書いてあるのですか?」
ちょうど、王女と会話をしている最中だった。
「これは……“明日17時、2番通り、道具屋、スコップ購入、待機”ですね」
「ふむ……他にも書かれていることを翻訳してください」
「わかりました──」
それからいくつかの情報を得られた。
断片的な単語ばかりだったが、材料としては十分だった。
次の日、滝沢は指定された道具屋でスコップと手ごろなナイフを購入。
腕時計を見る。
時間は予定通り。
待ち合わせは店の前のはずだが……。
店を出る。
すると、隣に一人の少女が立っていた。
14歳ぐらいだろうか、背丈は滝沢の肩ほど。
男なら必ず視線を止めるような整った顔立ちと、茶色の短いツインテールが心象的。
服装は藍色のトレンチコートを身にまとい、首には長いマフラー、そして頭にはキャップをかぶっていた。
「えっと、あんたが……」
「黙って。後ろついてきて」
声をかけた途端、その場を歩き出した少女。
滝沢は言われた通り何もいわず後ろをついていくことにした。
この人物が、便利屋──。
墓守や情報屋と同じく、裏世界の住人である。
法律で禁じられているオリジナル魔法のスクロール作成、盗聴魔法やピッキングスキルなど、非合法的な技術を身につけているという。
便利屋の少女はポケットに手を入れながら歩く。
その背中を、追って歩いていった。
町の城壁を抜けた。
森の道を少し歩いたところで、少女は「──はあ」とため息をついた。
「“墓守”のコネじゃなかったら、本来こんな仕事は引き受けないんだけどね」
そうぼやくように言った。
少女はポケットから1枚のスクロールを放ると、呪文を唱えた。
スクロールは青い炎と共に焦げ焼け、空中で消えた。
「王女の死体はあっちの方角ね。さ、行くわよ」
きっと、なんらかの探知系魔法を使ったのだろう。
少なくとも、どこのスクロール屋でも見たことが無い魔法だった。
彼女自身が作り出した、オリジナルなのかもしれない。
森の茂みをしばらく進んだ。
「なあ、王女が死んだことって、どれくらい知ってるやつがいるんだ」
草木を避けながら、滝沢は問いかけた。
「さあ。一般人には誘拐されたとしか公表されてない。けれど裏の業界では、結構噂されてる。誰が殺したとか、そこまでは知らないけど」
少女は土に盛りがった石や木の枝を華麗に避けながら、先へ進んでいく。
それから数時間ほど歩くと、彼女は立ち止まった。
「ここね」
そこだけ雑草も生えていない、明らかに誰かが何かを埋めたような痕跡が残された地面があった。
「言っとくけど、死体掘りなんて私は絶対やらないから」
彼女はそう言うと、大きめの岩に腰をかけた。
……さて。
ここに王女の死体が埋まっているらしい。
滝沢は手に持っていたスコップを使って地面を掘り始めた。
土を掘り返すのはかなりの重労働だった。
既に汗まみれで、数十分経ったところでもう息があがってしまった。
便利屋の少女にちらりと視線を移すと──、
「私はやらない」
ぷい、と顔を横に背けた。
それから何十分経っただろうか、相当深くまで埋められているようで、痕跡の一つも見つからなかった。
「あんたさ──」
便利屋が口を開く。
「魔法の勇者なのに、魔法が使えないんだって?」
「ああ」
「魔法を使おうとしたとき、何をイメージしたの?」
「それは──炎とか、水とか、雷とか」
すると、彼女は考え込むように顎に手をあてた。
「もしかしたら……あんたの魔法って属性系統じゃないのかもしれない」
「どういうことだ?」
「私みたいに、表では認知されていないスキルとか能力があるのかもってこと」
能力──か。
「まあ……普通の人間には見えないものが見えるってことはあるけど」
「それって幻覚? 幽霊?」
「さあな」
滝沢はそう言って掘り続けた。
「もしかしたらって、仮定の話はできるけれど──」
「あんたの見える能力は、人間がいつしか使わなくなった何らかの機能で、幻覚を見させているのかもしれない。──それが王国の言う魔法の能力──もしかしたらそうじゃないのかもしれない」
「……そのどちらかは誰にもわからないってことか」
「そういうこと」
そんな会話を続けていると、スコップの先で何か柔らかい感触に当たった。
……ようやく発見した。
直接手を使って掘り進めて行くと、そこには、王女の亡骸があった。
「……」
ふいに頭痛がして、振り返る──
そこには、切なげに自分の死体を見下ろす王女の姿があった。
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