“真実”

 

 王女の言っていることが確かであるなら、この事件に関わっている人物は3人いる。


 まずはメイド長。

 王女が帝国の兵にさらわれた時に居合わせていたと言っているが、王女の証言が正しいのならメイド長の説明は嘘とということになる。


 次に騎士団長。

 たしか剣で王女に切りかかったと言ってた。王女の寝室に行けば血痕やらが見つかるかもしれないが、恐らく綺麗に拭き取られているだろう。


 最後に国王。

 この事件の首謀者であり、実の娘を殺した父親でもある。


 そもそも、何の為に娘である王女を殺害する必要があったのだろうか。

 戦争をするための口実作り──王位を継がせない──それとも、何らかの事実を知ってしまったから?


 わからない。

 その辺りは、本人に直接聞きだすしかないだろう。


 しかし、その前に重要な点が1つある。


 ──本当に国王は、王女を殺したのだろうか。


 王女が“真実”を口にしているとは限らない。

 だが嘘をつく理由も見当たらない。


 この事件は、本当に闇が深いな、と滝沢は思った。




「──せいッ!!」


 安藤の華麗な剣さばきに、周りの兵たちが拍手を送っている。

 この日、王城近くの訓練場で、勇者の力とやらを披露することになっていた。


「はッ──!!」


 しかし、あの華奢な体でよくもあんな大剣を振えるものだ、と滝沢は感心してしまう。


 滝沢は手の甲に刻まれた聖印をみる。

 本当の体に、魔法の力が宿っているのだろうか。


 安藤は剣技を披露し終えると、ふぅと一息ついて腕で汗を拭った。



「では、次は魔法の勇者の力をみせてもらおうか」


 王が言った。

 堂々たる威厳を発その姿は、この国の王そのもの。


 滝沢は前に出る。


 安藤とすれ違うとき「がんばってくださいね」と応援された。



 広場の中央に立つ。

 滝沢を囲む兵たちの視線に、期待が込められているように思えた。



 さあ、はじめるか。


 というか、魔法ってどうやって出すんだ。


 とりあえず腕を前に出してみる。

 なんか手から炎とか出たりしないだろうか。


 頭の中で、なんとなく念じてみる。燃え上がる炎のイメージ。

 しかし何も起こらない。


 ──しん、と静まり返る場内。


 ……もう一度。

 今度は氷だ。炎がダメだったということは、自分に炎の属性がなかったということだろう。ファンタジーとかでよくあるやつだ。


「ふん!」


 ……なにも起こらない。


 周囲の兵たちは、困惑したように顔を見合わせていた。

 安藤は、静かにじっとこちらをみつめている。


 出ろよ、魔法──!



 ……。

 ……。



 それから何時間が経ったのだろう。

 風、水、雷、どれをイメージしても、何も起こる予兆はなく、ただひたすら長い時間だけが過ぎていった。


「……わかった、もうよい」


 王は、諦めたかのような──落胆したかのような──そんな口ぶりで言った。


 魔法が使えない。

 どうなっている、自分は魔法の勇者ではなかったのか?

 安藤はあの細い体で、まるで羽でも振り回すかのように剣を操っていたのに。


「貴様にはいくらかかっているか知っているか」


 王は言った。


「60年に1度の儀式──勇者の召喚というものは、国民の税金でまかなわれている」


「国民は期待をしていた。しかし貴様はそれを裏切った」


 王は滝沢にけわしい表情を向けている。


「……はずれを引いてしまったようだ。貴様はただの凡人に過ぎなかったというわけだ。十分にわかった」


 ──期待外れだ、と王は背中を向けた。


 周りを見渡す。

 兵の視線は、まるで憎悪の感情をまとって集中して滝沢に浴びせている。


 安藤は、暗く思いつめたような表情で、うつむいていた。


「ちょっと、待ってください……」


 よろよろと王に歩み寄ると、それを静止するように、兵が槍を構えた。


「も、もう少しだけ……」


 これは、自分はなんのためにこの世界にやってきたのだ?


 勇者として戦うため──?

 王女を救い出すため──?


 王女はもう死んでいる。


 真実は──



 『王女が“真実を”を言っているとは限らない』



 少しの間が流れた。

 滝沢はゆっくりと口を開いた。


「……王女は、本当にさらわれたのでしょうか」


「……ッ!!」


 王は動揺したのか、こちらを振り向いた。


 ……事実を確かめるために、ここでカマをかけるしかない。


「俺はずっと考えていました。もしかすると、誘拐ではなく、何者かの陰謀で、王女は……」


「この者を捕らえよ──ッ!!」


 王が張り上げた声は、場内にけたたましく鳴り響いた。


 兵たちは滝沢の腕を後ろに回し、髪を掴んで、地面に押し倒した。


「王女は、何者かに殺されているのではないでしょうか!」


 それでも滝沢は叫ぶ。


「こいつの口を塞げ!」


 口をふさがれると、何も喋ることができなくなった。


 くそ……。


 自分はなんて無力なんだと、滝沢は思った。

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