悪の勇者
心から納得できる展開なんて、人生にそう何度もあるわけではない。
そんな言葉が、ふと頭をよぎった。
誰が言ったかはわからない。
もしかすると、滝沢自身の言葉かもしれない。
牢獄に閉じ込められてから、何日が経ったのだろう。
壁に窓はなく、椅子やテーブルもなく、明かりは檻の外のロウソクのみ。
その殺風景な部屋に、滝沢は一人監禁されていた。
自力での脱出は困難だった。
両手には、強固な手錠。
さらにここは地下二階に位置し、通路には武装した兵が巡回中。
いったい自分は、何の為にここにいるのだろう、と滝沢は思った。
異世界に勇者として召喚されて、まもなく牢獄に閉じ込められて。
そもそも、あの国王にかまをかけるという行為自体が失敗だったのかもしれない。
今にしてそう思う。
もっと、うまくやる方法があったはずだ。
薄暗い牢屋の中で、うつむくしかかなかった。
──。
それからまた数日が経過した。
食事は、パンと水の1回のみ。
窓のない檻の中で、出される食事の回数で、監禁されている日数を数えていた。
人間はみな平等という言葉がある。
その言葉は嘘だ。
ただし、全ての生き物において、平等なものは1つある。
それは“時間”だ。
ただひたすらに、なにもない時間が流れていた。
手錠でつながれているせいで、ろくに身動きもできない。
体力もどんどん衰えていくのも感じる。
心が、まるで浸食していくかのように、暗闇に飲み込まれていくのをじっくりと感じた。
次の日のことことだった。
ロウソクの火が揺らいだ。
頭痛がする。
ああ、またこれか──
「……私のせいで、こんなことになってしまい申し訳なく思っています」
いや──そうではない、無力な自分が悪いんだ。
滝沢は通路に兵士がいないのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「確認したいことがあります」
「なんでしょう」
「国王が犯人だという証拠はありますか?」
王女を殺したという証拠。そこがみつからない。
だから、罪をでっちあげることができない。
ずっと、そこに躓いているのだ。
「証拠なら、あります」
滝沢はゆっくりと王女の方を向いた。
「首を絞められたとき、抵抗して父の首をひっかきました。血が出ていたので、傷が残っているはずです」
「……わかりました、ありがとうございます」
そう言うと、王女は姿を消した。
──。
それからまた、いくつかの日が過ぎた。
1秒1秒を、じっくりと味わいながら、何もしない時間だけが過ぎていく。
前世で聞いた、とある実験で『何もない空間で72時間過ごすと精神が崩壊する』という検証結果がある。
おそらく自分の状態は、それに近いだろう。
すでに心は疲れきっていて、もはや何もする気がおきなかった。
もしかしたらこのまま一生、こうして朽ち果てていくだけなのではないだろうか。
そう思えた。
時々通路を徘徊する兵士の姿をみるたびに、ああ、まだ自分はひとりじゃないのだ、と親近感にも似た感情を抱き、そうして孤独を紛らわせていた。
ある日、通路の奥で鉄扉の開く音がした。
聞き慣れた兵士の足音ではない。
誰かが歩いてくる。
滝沢はすがるようにして、鉄格子を掴んで通路を見渡した。
地下牢にやってきたのは、国王だった。
「無様な姿だな、悪の勇者よ」
鉄格子越しに、王の顔が近づく。
……悪の勇者か。
「いや、もはや貴様は勇者ではない、ただの、罪人だ」
確認するべきことが1つあった。
滝沢は薄暗い地下牢の中で、目を凝らしてよく見てみる。
王の首筋──
──そこには、何かで引っ掻かれたような、縦線の傷があった。
『首を絞められたとき、抵抗して父の首をひっかきました』
王女の言っていたことは、すべて正しかった。
間違いない。
この男だ。
この男が、王女を殺害した。
確信した。
「それと、良い知らせだ。貴様の処分が決定した」
「──2週間後に、貴様の処刑が執り行われる」
鉄格子越しに、向かい合う。
相手は強大な王国。
こちらは、牢獄に閉じ込められた囚人。
立ち向かうには、あまりにも壁が大きすぎる。
しかし、滝沢は国王を睨み続けた。
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