ロウソクのともし火
秘書官に案内されて来たのは、王城の地下にある部屋だった。
狭い部屋に木のテーブルと本棚。
石壁にはいくつかのロウソクがかけられている。
「ここならば誰にも聞かれぬであろう。それでは、説明を始めてくれたまえ」
なぜか王様とその護衛騎士までも同席している。
騎士は石壁に背中をつけて腕を組んでいる。
この密室にいるのは
滝沢、安藤、王様、騎士、秘書官の5人だけ。
「それでは召喚儀式のことから話をしましょう」
秘書官から様々なことを聞いた。
勇者の召喚は60年に1度、召喚儀式によって行われること。
異界から人間を召喚するには莫大な金貨を必要とすること。
その金貨は、国民の税金でまかなわれていること。
……つまり、召喚勇者は、大勢の国民に期待されているということか。
秘書官はテーブルに地図を広げた。
ここ、アレスティア王国が存在する隣に、大きな山脈がある。
その国境をまたいで隣接しているのがガルガンディア帝国である。
王国と帝国は、昔からあまり仲が良くないという。
隣国との仲がよくないというのは、どの国だって、きっとそうなのだ。
それは滝沢が日本にいたときと変わらない。
そして、王女がさらわれた経緯を説明し始めた。
「王女様の名前は、リグ・アレスティア。この王国の第三王女、王位継承権1位のお方です」
さらわれたのは1週間前の午後2時ごろ。
王女とメイド長が城の庭園を散歩していたところ、鎧を身にまとった複数の男に囲まれ、王女のみ連れ去られた。
メイド長はそう証言している。
鎧の形状から、帝国の兵だと断定した。
王国側に対する何らかの交渉材料としてさらわれたと推測している。
そして、奪還と戦争のために勇者である自分と安藤が召喚された、ということらしい。
滝沢は手の甲に刻まれた聖印をみつめた。
あの司祭は自分のことを、魔法の勇者だとか言っていた。
はたして、自分にそんな力が宿っているのだろうか。未だに実感がわかない。
そもそも、自分は何のためにこの世界にやってきたのか。
王女を助けるために、召喚されたから?
それとも……。
室内のロウソクが不自然に揺れ始めた。
襲ってきたのは突然の頭痛。
いつもの予兆だ──。
そう、“それ”が見えるときは、いつもこうだ。
幼いころから、いつも同じだった。
自分にだけしか見えない存在……。
ロウソクの火の影がゆらいで、目の端に捉えたのは、パジャマ姿の女の子。
あの玉座の間にいたときから、気になっていた。
「──私を殺した犯人を捕まえてください」
秘書官は、勇者2人向けて説明を続けている。
彼女の声は、滝沢にしか届かない。
「あなたには私が見えているんですよね?」
滝沢は沈黙を続けた。
「貴方にしか頼ることができないんです」
「お願いです、私を殺した犯人を捕まえてください!」
滝沢は、うつむいたまま黙っていた。
こうして聞こえないふりをし続けるのは、小学校のころから変わっていない。
“助けてほしい”──けれど、助けられたことなんて、一度もなかった。
こんな無力な自分が、誰かを助けるだなんて、おこがましい。
「──私は、アレスティア王国・第三王女 リグといいます」
はっ、と顔を上げた。
「……どうしました、滝沢さん?」
そう言ってきたのは怪訝そうにみてくる秘書官。
「いえ……続けてください」
動揺していた。
さらわれた王女の霊が、ここにいる。
「──私はある男に殺されました。その人のことを教えますから、捕まえてください。お願いします」
……殺された?
「早くしないと死体も証拠も消されて、捕まえることができなくなるかもしれません」
だめだ。彼女の言っていることが被さって、秘書官の説明が頭に入ってこない。
彼女の言っていることが本当なら、誘拐された後に、既に王女は死んでいるということになる。
王女が霊としてこの場にいるということは、それしか考えられない。
第三王女、王位継承権1位。リグ・アレスティア。
王国の戦争準備、勇者の召喚……。
考えれば考えるほど、わけがわからなくなる。
泥沼の中にいるような気持ちの中で、あの人の言葉が頭をよぎった。
──大丈夫、いつか、また、会えるから。
前世で、彼女が言い残した言葉。
自分が、この世界に召喚された意味。
そして、この女の子、王女が目の前にいる理由。
「どうかお願いです──」
ばらばらになっていたピースが、一つずつ丁寧に、心の中でかき集めて、パズルのように合わせていくようだった。
「……ですので王国軍はこれより宣戦布告を」
「誰が殺したんですか」
さえぎるようにして、滝沢は、はっきりと口にした。
一瞬にしてその場の空気が凍りついたかのように、沈黙が部屋を包み込んだ。
それまで説明口調だった秘書官は、口を半開きに固まっている。
隣に座っていた安藤は、目を丸くしてこちらを向いている。
騎士は、腕を組んだままこちらを見つめている。
その中で、自分にしか聞こえない、王女の声が響いた。
「私を殺した犯人は──」
「──この国の王、私の父です」
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