勇者召喚
「おお、召喚に成功したぞ……!!」
ぼんやりした意識の中で、ざわめきの声が聞こえた。
「皆様、ご静粛に願います!」
滝沢は半身を起こすと、たちまちその光景に呆然とした。
大勢の人に囲まれている。
貴族だろうか?──高貴な衣装に身を包んだ男女たち。
さらに周りを見渡す。
天上は高い。良質な石材で造られた壁。
吹き抜けの二階のガラス窓から差し込む日光に思わず目を細める。
まるで、とあるファンタジーの物語に出てくるような王城のようだった。
「只今より、聖印の儀を執り行います!」
立派な服を着飾った司祭と思われる初老の男が、杖を掲げて高らかに声をあげた。
その司祭の背後には、玉座に座った老人の姿。
細めた目に強い力を感じさせながら、ひじをついてこちらを見つめていた。
……とにかく状況がわからない。
司祭が呪文のようなものを唱えると、床が光を放ちながら魔方陣を描き始めた。
「うっ……」
手の甲に焼けるのうな痛みが一瞬走った。
だが、それはすぐに止まった。
「きゃっ!」
隣で声がした。
滝沢と同じく、横たわっている少女の姿があった。
同じ歳ぐらいだろうか。
顔立ちも服装も、周りの貴族たちとは違う、自分と同じ日本人のようだった。
そういえば、目覚めたとき、召喚がどうとか言ってたな……。
この子も、自分も、この人間たちによって召喚されたのだろうか。
床の魔方陣が消えると、司祭は声をあげた。
「聖印を授かりし2人の勇者よ、我がアレスティア国王に、忠誠の誓いを!」
……。
しばらくの沈黙。
隣で座り込んでいる少女と顔を見合わせてしまった。
少女はかなり怯えきった様子。
「とりあえず、立てるか?」
「……は、はい」
この場は、流されるままに従うしかない。
名前も知らない少女の手を取って、立ち上がらせた。
少し歩いて、玉座の前に来た。
……ここは、ゲームやアニメで見るような、誓いの言葉を言えばいいのか?
しかしどうすればいいのかわからない。
王様の左右には、王族と思われる人間が数人。
凄むような鋭い視線で、こちらを見つめている。
「王の御前である。……とりあえず、その場で跪き、自分の名を口にするのだ」
王の横に立つ、頑丈そうな鎧に身を固めた、剣を腰に据えた大柄の男が言った。
おそらく王を護衛する騎士とやらだろう。
滝沢は言われるがままに、片方の膝を立てて、顔をふせたまましゃがんだ。
隣の少女も、滝沢と同じようにポーズをとった。
「滝沢と申します」
「……あっ、安藤由香、です……」
安藤由香。
彼女の声は完全に怯えている様子だった。
少しの沈黙の後、ようやく王が口を開いた。
「異界から召喚されし“剣の勇者”及び“魔法の勇者”よ、顔をあげてくれ」
滝沢と安藤は顔をあげた。
先ほどまで発していた威厳はなく、王の目は少し緩んで優しい表情になっていた。
「些か緊張しておるのだろう。異界の地から遥々やってきたのだ、動揺するのも無理はなかろう」
「しかし其達は『勇者の聖印』を預かりし者。既に相応の力は渡っているはずだ」
聖印……この、手の甲に刻まれたマークのことだろうか。
安藤は今気付いたかのような表情で、手の甲をめくって確認している。
それは滝沢のマークとは少し違っていた。
「剣を操る力、魔法を操る力──、其達のどちらかがそれに適応しているはずだ」
つまり、自分と安藤、どっちかが剣の力か、魔法の力を持っている、ということか。
すると、後ろから司祭が口を開いた。
「手の聖印を見るからに、安藤殿は『剣の勇者』、滝沢殿は『魔法の勇者』となっております」
自分が魔法の勇者で、安藤が剣の勇者、か。
「……ふむ、そうか。それらを神より授かったからには、正義を執り行ってもらうほかない」
……正義、ね。
王は、少し黙り込むと、深刻そうな顔色をうかべた。
「……実は、私の娘──第三王女が、帝国にさらわれてしまったのだ」
この国の、王族の娘。
「我がアレスティア王国は、それに対応すべく戦争をしかける予定である」
戦争という言葉に、安藤はぴくりと怯えた表情を浮かべた。
「其達には、前金を用意しよう。もちろん、報酬も望む額を用意しよう。そのほか、何か望むことがあれば気兼ねせず言ってほしい」
つまり、王女の奪還と、その戦争に加われってことか……。
王様は椅子から立ち上がると、少しかがんで二人のの肩に手を置いた。
「…………我が娘を、リグを、どうか救ってほしい」
王様は、懇願するような面持ちで──今にも泣き崩れそうな表情で、そう言った。
「かしこまりました」
滝沢はそう口にした。
それに少し遅れて、安藤も同じ言葉を言った。
王は背筋を伸ばすと、大声を轟かせる。
「皆の者、ここに2人の勇者が出揃った──!! これよりアレスティア王国は、戦争準備に入る!!」
貴族たちから歓声と大きな拍手があがった。
拍手喝采。
──その中で、ぽつんとたたずむ存在に、滝沢は違和感を感じた。
貴族たちの中に紛れ込んでいる、唯一パジャマ姿で、拍手もせず、切なそげに目を伏せている幼い少女の姿があった。
まるでそこだけ景色の色が違うかのように……。
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