第11話 静かなる攻防
その日、私は先輩を家に連れて行くことになった。
先輩はまだまだ話足りないというし、家を是非見てみたいと強くご希望されたので、断れなかった。
先輩をリビングルームへご案内し、ダイニングキッチンでお茶を淹れる。
先輩は色んなご趣味があるようで、アロマオイルの話から盆栽、生花、フラワーアレンジの話もして下さった。
「私がもし、ここに住んだら、あの窓辺に飾るわ。今度作ったの持って来ようか?」
「それはいいですね!あそこ、ちょっと寂しいなって思ってたのです。お花があると映えますね。」
楽しい時間は過ぎていき、夕方になると家の扉が開いて、Tシャツでジーパン姿の旦那様がお戻りになられた。
「旦那様、お帰りなさいませ。」
いつになく楽しいひと時を過ごしたせいか、私は自然と綻んで笑顔になった。
が――
旦那様は暗いお顔をされ、リビングに座る先輩を睨みつけて黙っておられた。
それに気がついたのは、旦那様がお帰りになり、先輩を紹介してからだった。
あれ?
先輩もそれまでの明るい笑顔とは打って変わって、旦那様に負けないくらい、目をギラギラさせている。
え、何何?
私、何かした?
というよりも、この二人、もしかして、知り合いだったりして…。
いや、でも、顔を合わせるのはこの前の公演の仕事以来だし、その時のことをお互い根に持っているのかもしれない。
「お、お茶淹れてきますね!」
旦那様は立ったまま、先輩は座ったまま、互いに目を逸らさずに火花を飛ばしている。
ものすごい剣幕に圧倒され、私は自然と身が震える思いがした。
お願いだから、喧嘩だけはやめて。
私には、この状況が読み取れない。
お茶を旦那様に出したら、すぐ退散した方がいいか、それとも喧嘩の仲裁に入るべきか、迷った挙句後者を選んだ。
旦那様の目の前にお茶を置くと、旦那様に肩を掴まれ、身体を引き寄せられた。
「要件を言え。」
「噛みつかれる前に、その子を離した方が良いわよ。」
先輩は歯を見せるように嗤った。
私の背中に冷たい感覚が走った。
こんな先輩は見たことがなかった。
「言っただろう。『修行中』の時は呼び出すな、と。」
対して旦那様は私の肩をしっかり抱き、先輩を上から睨めつけている。
「緊急の事だから呼び出したの。その子に何かあってもいいの?」
旦那様は呻き声をあげた。
旦那様から激しい怒りの感情が流れ込んできた。
何がどうなっているのか、私は理解できない。
でも、どうしてか、分からないけども、ここにいるえりさ先輩は『人でない』ように思えた。
「何日も帰ってないって、本当なの?奥様に、何も言わずに突然いなくなる。
それって疑われても当然よね?」
どうやら、先輩は私のために怒って下さっているようだ。
でも、今の私は頭が真っ白になってしまってそれ以上考えられなかった。
「奥様が絶対不安にならないって、そう驕っていたの?
心配するなんて、考えなかったわけ?」
旦那様から少しずつではあるが、怒りが消えていくのが分かった。
「まさに愚の骨頂、よね?私には分かっていたわ。」
ちらと、先輩は私を見遣る。
「その子が、表では平気な顔をしている、ってことがね。」
私の身体は震えた。
「『龍王』の称号を持つあなたが、そんなことも分からないなんて…もうろくでもした?」
旦那様は深く息を吐いた。
「言いたいことは言ったか?」
旦那様は先輩を睨めつける。
「『エメローゼ』」
先輩の身体がびくっと、反応する。
瞬きすら止まってしまった。
「ここから、出ていけ。」
先輩の顔が苦渋に歪むと、すくっと立ち上がって歩き出し、そのまま家を出ていった。
私の身体は震え、今起こった出来事を整頓しようにも、出来なかった。
ただ、はっきりとしたことがあった。
先輩は旦那様と同じ『人でない』存在だった。
そのまま動けずにいると、旦那様から急に抱き締められた。
「すまなかった!怖い思いをさせた…」
「い、いえ……」
先輩に見透かされていた。
旦那様が戻って来ると信じていても、心のどこかでは何かあったんじゃないか、帰って来れない理由でもあるのか、と心配していた。
二度と戻ってこない、それが一番怖かった。
「大丈夫…大丈夫、です。」
旦那様は優しく私の背中を擦った。
知らず知らずのうちに涙が溢れていた。
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