第7話 旦那様はお酒好き
翌日の演奏会は、午後に一回、夜に一回行われる。
朝早く起きた私達は、身支度してすぐ会場へ向かった。
午前一杯リハーサルが行われ、私達は昨日の打ち合わせ通りに動線を確保すると、案外体力を使うことなく、衣装運びと楽器の出し入れが出来るようになった。
案を出した先輩は、上手く行きそうだととても喜んでいた。
午後の開演前にも一度だけリハーサルが計画された。
お昼の時間、私達裏方は昨日と同じメンバーで一緒に食事をした。
「何とか上手く出来そうっスね!」
「先輩のお陰です。ありがとう御座います。」
金髪の男の子と、女の子がお礼を言った。
「でも、これで終わりじゃないから、本番も気を引き締めてやろう。」
「ところで、今日も飲み会あるんスかね?」
「流石にあるでしょ」
「お酒飲めるといいっスけどね」
皆お酒好きだなぁ。
私は飲めないから、どっちでもいいけど。
「それより、ゆい先輩は大丈夫だったんですか?」
ぽっちゃりとした男の子が話し掛けてきたので、私が首を傾げた。
「だ、ん、な」
鬱陶しそうに先輩が目を細めて私を見た。
「ああ、私が帰ってきた時は寝てましたよ。」
「叱られなくて良かったですね。」
女の子までほっとしている。
「本当にごめんなさい。昨日は…」
「いいよいいよ。私の方こそ、引き留めちゃってごめんね。」
先輩は申し訳なさそうな顔をした。
「いえ。私は…」
「夫婦の営み邪魔しちゃったみたいだし、今日は早めに帰った方がいいんじゃない?」
「………」
そのつもりで来たけれども、多分早くは帰れないと思う。
この話の流れでいくと、今日も飲み会がありそうだし。
注文したサンドイッチを食べる。
「その旦那さんて、どうして奥様に敬語を使わせているんですか?」
ぽっちゃりとした男の子が私に聞いてきた。
「なんか、怖そうな人でしたよね?」
「オレ、ちょっとああいうタイプは苦手かも…」
「このご時世に『亭主関白』ですか?」
若い子たちが次々と私に聞いてくる。
「ええっと、敬語は私が勝手に使っているだけで、別に怖い人じゃないし大丈夫だよ?」
「でもねえ、奥さんを残して先に帰るっていうのもねぇ〜」
うんうん、と皆首を縦に振る。
「『男女平等』の時代だっていうのに」
ねぇ〜、と先輩は同情を求めて、若い子たちの支持を集める。
「出身地も知らないなんて。
相手のご両親にはどうやって挨拶したの?」
「………」
困った。
こういう時、何と答えればいいのか、分からない。
萎縮していると、先輩がズバズバ聞いてきた。
「大体、あんなので夫婦の会話ってあるの?」
「えっと……」
言えない。
旦那様が実は「人ではありませんから、感覚の違いだと思います」だ、なんて!!
「で、相手方のご両親は?」
「あ、会ってないです。」
「なんで?」
「紹介されなかったので…」
「それでよくご両親から結婚許してもらたっスね」
「僕が親だったら……やだなぁ。」
「ああいう人は、癖がありそうですね。」
皆、言いたい放題言っている。
私の両親に結婚の報告すると、二人とも万々歳して喜んでいた。
私がひとりっ子ということもあったのと、私の年齢的に婚期が遅れると焦った結果かもしれなかった。
しかし、それ以上に旦那様が「人じゃない」と伝えると、大いに喜んだ。
両親は存在しないと言われているモノを大切にしている。
実家には神棚があるくらいだ。
手放しで万々歳されると、逆にいいのかと不安になるくらいだった。
私が言葉巧みに話すことが出来たら、先輩達の質問に答えることが出来たかも。
黙って俯むく。
それを見た金髪の男の子が
「んー、なんか、訳ありって感じっスかね?」
と首を捻った。
訳ありです。
「だとしても、ねぇ、ちょっと逸脱し過ぎじゃない?」
先輩は先輩なりに心配して下さっているようだ。
何も言えずにいると、「そうそう!」とぽっちゃりとした男の子が気を利かせて話題を振ってくれた。
心底ほっとした。
夜の公演が無事終わり、楽器と荷物点検していると、団長さんが顔を出しに来てくれた。
歳若い団長さんは、気の良さそうな笑みを浮かべて「お疲れさま〜」と裏方業務の私達にまで声を掛けに来てくださった。
「終わったら飲み会やります。行きますよね?」
行くという前提で話している。
やっぱり飲み会あるか。
これは早めに帰れそうにないな。
目を輝かしているのは、金髪の男の子。
「お酒でますか?」
「酒?出る出る〜〜」
にっこり笑うと、金髪の男の子は喜んだ。
「それから、こちらから驕りで出しますので、来てくださいね〜。場所はココです。」
と、私に紙を渡して去っていった。
「ま、驕りなら、行かないわけには行かないわよね。」
「ですよね。」
苦笑いで返す。
「ゆいちゃんも行くでしょ?」
「じゃあ、またこのメンバーで飲みましょ!!」
すっかり馴染んでしまった。
皆が行くなら、行くしかないか。
それに、旦那様も喜んで参加するでしょうし。
そうして私達は片付けを始めた。
「お疲れー!!」
団長さんの乾杯音頭であちこちから乾杯の祝杯が挙げられる。
公演は無事終了し、ほっとひと息。
昨日と打って変わって、皆楽しそうに騒いでいる。
旦那様は何故か団長さんに引き留められ、一緒に飲み始めている。
薄っすらと笑みを浮かべているので、まんざらでもなさそうだ。
「いやー、先輩のお陰で、ほんと、助かりました!ありがとう御座います!」
ぽっちゃり系の男の子が丁寧に礼をした。
今時ないくらい、凄く綺麗な一礼だった。
「本当皆さんお疲れ様でした〜」
金髪の男の子も乾杯する。
「うまく行って良かったね。」
「そういえば、皆派遣から来たの?」
「僕は臨時のバイトで入りました。けど、ここの二人は派遣みたいですよ。」
「どうして派遣なんて選んだの?」
金髪の男の子は女の子を突いて、
「実は、このエリに言われて入ったんですよ。」
「よして。かっちゃん。」
「あら、あなた『えり』って言うの?」
「そうですけど…」
「私も『えり』なの!『えりさ』だけどね!」
「あ、そうだったんですか!」
今更ながら、自己紹介が始まる。
「それで、どうして派遣を選んできたの?」
「進路に悩んだときに、エリに相談したら勧められて入ったんスよ。」
「私は親が働いてたので。」
「派遣の仕事は楽しい?」
「そりゃ、言ったら色んな仕事くれますしね。オレ、まだはっきりと何の仕事したいか、決まってないんス。
だから、派遣の仕事して、自分に合う仕事選びたいと思いまして。」
「へ〜、偉〜いっ!」
先輩は男の子の頭をガシガシと撫でる。
と、後方が急に騒がしくなった。
振り返ると、旦那様と団長さんが一緒に酒を煽っている。
掛け声から察すると、どっちが多く飲めるか、勝負しているみたいだ。
旦那様は笊だけど、団長さんはどうなんだろう?
こちらの席は先輩がエリちゃんって言う子と連絡先を交換している。
「僕も派遣に入ろっかな」
「悩んでるの?」
「派遣大変かと思ってたんですけど、意外に優遇されてるんですね。
どうやったら入れるんですか?」
私はスマホを使って、ひとつひとつ教える。
「いい出会いもあるかもよ〜」
先輩がぽっちゃり系男の子の肩から腕を出して、お酒を飲んでいる。
お顔が既に赤くなっている。
「先輩、あまり飲みすぎないで下さいね。」
「わ〜てるて!!」
プハー、と口を手で拭った様は、残念、の一言に尽きた。
せっかくいい身体つきしているのに、態度がおっさんみたいになっている。
そして、しゃっくりもあげている。
「今夜はのむど〜〜」
再び乾杯し、先輩がお酒を一気に煽った。
先輩のお酒の弱さを知っていた私は止める間もなく、間もなく先輩はそのままごろん、と横に倒れた。
「わわっ、えりさ先輩、大丈夫スか?」
「あ、先輩、私まだ連絡先ちゃと教えてもらってないです〜」
「まらまらいけるよ〜っと〜」
既に舌が回っている。
そのまま先輩は眠り込んでしまった。
「あちゃー」
「どうしよう……」
すがり付くように、皆の視線は私に注がれた。
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