第6話 旦那様はお疲れ
「よ〜し!皆、今日はお疲れさん!」
乾杯の音頭を楽団の人達とともに交した。
有名な楽団とあってか、人数もそれなりに多かった。
衣装が多いのも頷ける。
今日はリハーサルで、明日が本番。
本番前の景気づけ、という形で夕食会は開かれた。
私は裏方で一緒に仕事をしている方達と、旦那様含めて同じテーブルに座っていた。
旦那様は無表情であるが、眉間に皺を寄せており、ひしひしとピリピリした感情が伝わってきた。
中々に大変な仕事だった。
旦那様は電子機器が苦手なのに、照明係を任せられ、慣れない手つきで照明器具を扱っていたので、何度か注意を受けていた。
舞台袖からだと、その姿がよく見え、只でさえ目立つ旦那様は、更に目立って見えてしまった。
「は〜、疲れた〜〜!
特にあの衣装の重さ!あんなの往復して運んだり仕舞ったりするの、大変よね。」
先輩はぐったりして、テーブルに突っ伏している。
普段はパワフルな先輩でもこんなにヘトヘトなのだから、体力のない私はその倍疲労困憊していた。
「あれ、何回往復してました?」
「間違えて運んだのもあるから………10くらい?」
「え?!僕たちそんなに運んでたんですか?!」
「道理で疲れると思ったスよ……」
「明日が本番だし、間違えないようにしないと、あの人達の顔に泥を塗ることになるわね。」
先輩はちびちびとウーロン茶を飲みながら、うんざりしていた。
旦那様は私の隣で、黙ってお茶とおつまみを含んでいらっしゃった。
「そういえば、あなた何処の国の人なの?顔立ちからして…英国あたり?」
「うーん、そうかもしれませんね。」
私は無口の旦那様に代わって答えた。
「何よ、その曖昧な返事は。」
「この人、この通り無口なので、何処の国の方なのか、話して下さらないんですよ。」
「ふーん、つまんないの。」
先輩は旦那様に目を細めて見たあと、ウーロン茶を一気飲みした。
「アネさんには、彼氏とかいないんスか?」
「私にはいないわね〜。周りはろくでもない男ばっかりだし〜。
あ、ねぇ、誰か紹介してよ。
もちろん、紹介料は払うからさ!」
「アネさんなら、選り取りみどりじゃないスか?」
「私にだって、選ぶ権利くらいあるわ!」
先輩は大きな胸を反らした。
「僕にも可愛い彼女、欲しいな〜。」
と、ぽっちゃりとした男の子が、金髪の男の子の隣に座っている短髪の女の子を、ちらちら見ていた。
「おい、紹介してやれよ!」
「な、なんで私が……」
「いいから。一人くらいいるだろ?」
「……」
女の子は明らかに嫌そうな顔をしているが、金髪の男の子は小突いてニヤニヤしている。
「二人とも、仲良いのね。」
先輩が指摘する。
「小学校からの同級生ですよ。こいつ割とモテるんでね」
ニヤニヤと金髪の男の子が言うのが気に入らないのか、女の子は睨めつけていた。
「変な笑い方しないでよ!」
ふん。と女の子は鼻息を荒くして、素っ気ない。
「まあまあまあまあ。」
先輩は宥める。
「ところで、お酒は出ないんスかね?」
「明日早いし、早めに切り上げたいんじゃない?」
どの人もお酒は一切煽っていない。
テーブルは賑やかだったが、明日本番のためか、緊張してどこか素っ気なさも感じる。
「あの衣装運び、もう少しどうにかならないのかなぁ〜」
ぽっちゃりとした男の子が情けない声を出す。
「明日は確か、昼から人が増えるようですよ。」
「え、それじゃ、オレたちが出来なきゃ、そいつらに教えられないじゃん?」
うっわー、すっごいプレッシャー!
と金髪の男の子は叫んだ。
「往復しなくてもいいように、何か案を決めときましょうか?」
「それいいっスね!」
私の提案に、旦那様以外は皆賛同してくれた。
あれやこれや考えているうちに、旦那様が席を立ち、私に立つよう促した。
「え、何?もう帰るの?」
先輩が目を丸くしている。
まだ話は途中だ。
「こんなところに、いつまでもいる訳にはいかんだろう。」
ぎら、と旦那様の目が光る。
先輩はそれをじいっ、と睨みつけて
「あ〜、はい、そうですか。夫婦の営みも必要って訳ね。分かりましたよ。サヨウナラ」
と何故か不機嫌になって手をひらひらさせた。
「ええ、もう帰っちゃうんスか?」
「ええっと……あの…」
私は皆の顔と旦那様の顔を交互に比べながら、困惑した。
本当ならまだここで明日の仕事の打ち合わせをしておきたいのだけども…。
旦那様は私の顔をじっ、と見るなり、ぷいとそっぽを向いて、さっさと店を出ていってしまった。
「あっ…………」
呆気に取られたのは、私だけではない。
その場にいた全員が、目を丸くして旦那様が出て行った先を見ている。
私にはともかく、他の人に八つ当たりするのは、ちょっと頂けないな。
私は謝るしかなかった。
「皆さん、気分悪くしてごめんなさい。」
すると、先輩はじっ、と旦那様が出て行った先を睨みながら
「別に、あなたのせいじゃないわよ。」
と言った。
旦那様はお店を出ていってしまったけれども、なんとか気持ちを切り替えて、明日の仕事の打ち合わせをして解散となった。
部屋に戻ると、旦那様は既に横になっておられていた。
大変お疲れなのだな、と思い私は身支度して隣のベッドに入った。
すぐに眠気は襲ってきて、そのまま深く眠った。
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