第8話

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 野球部に戻る前に、深川さんに坊主頭にしてもらった。そしてバッティングセンターのアルバイトは、大塚に頼んだ。あとは監督とチームメイトに謝りに行くだけだ。

 足が震えた。こんなにも自分の足が震えると思うと、笑えてきた。それでもそんな笑みは部室の前で消し、僕はミーティング中の野球部室に入った。

「どうした江森」

 監督が高圧的な口調で言った。チームメイトも好奇心を丸出しにして僕を見てる。

「野球部に戻らせてください。お願いします。今度は真面目にプレーします」

 僕は今までの誤魔化しだらけだった自分に腹が立って仕方がなかった。ここで認められなかったら、自分は負け犬のまま大人を迎える。そう思うと吐き気がした。

「秋と春はこの夏を頑張った選手のもの。ただし、来年の夏からは実力勝負だ」

「ありがとうございます」

 僕は野球部員たちの顔を見た。半端者のような顔をした選手は一人もいない。全員がそれなりに真摯な眼差しで僕を見ている。僕が俯瞰して見ていた、私立高校で野球漬けにはなりたくないけれど甲子園は目指したいという部員は、一人もいないような気がした。

 それぞれがそれぞれの立場で勝負しようとしている。なんでこんなことに気づかなかったんだろう。やっぱりそれは、僕が勝負する立場を極度に怖れ、あえて馬鹿にしようとしていたからだ。大塚がいつか、人を馬鹿にする時は劣等感に苛まれている時だと言ったことがある。その通りだと思った。勝負の舞台に立てない僕は、なんとかあおい高校野球部を見下そうとしていたのだ。

「江森先輩、必死のプレーお願いしますよ」

 一年生の一人が茶化すように言った。

「もし真面目に見えなかったらそれはもうみんなの目のせいだよ」

 全員が笑った。なにかの一部になるのも悪くない。僕はそんなことを思った。辞めさせられる前の一年数ヵ月よりも、この日の挨拶の瞬間の方が野球部員を仲間のように感じられた。


 この一件で、中西は大いに喜んだ。深川さんも喜び、大塚も応援してくれるようだった。怒ったのは母さんだ。母さんだけは、受験勉強はどうするのかと詰め寄った。

「三年の夏が終わったら頑張る」

「ちゃんと山形に行くの?」

「……行く」

 母さんは最後まで、受験勉強も野球も頑張れとは言ってくれなかった。でも、人から与えられるのを待つのはもうやめた。母さんはそういう人なのだ。期待しすぎてはいけない。

「母さんは、僕を生んでなにか変わった?」

「なにも変わらないよ。ふざけたこと言ってないで勉強しなさい!」

 願わくば……、母さんが楽しみにしていることはなんなのか訊いてみたかった。僕の成長だろうか。

 九月に入っても猛暑日は続いていたけれど、僕は冷房を二十八度以下にはしなかった。なんの効果があるかは実際のところわからないけど、ケジメのようなものだ。

 部屋に散乱しているマンガも、一時的に段ボールに入れてガムテープを貼った。お菓子の袋も片づけた。

 僕は少しずつ、新しい生活を手に入れようとしている。

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