第7話
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二学期に入るとすぐに、ワールドトレードセンターに飛行機が二機突っこんで大騒ぎになった。みんなが口々になにか言ったけれど、僕は深川さんが言った「私は、他ならぬ私自身は、こう思う」という言葉を大切にして、即席の国際評論家のようなことを言うまいとして学校をやりすごした。
バッティングセンターでは、深川さんがやはり難しい本を読んでいた。彼女の口からは、同時多発テロのことはなにも出なかった。僕が思った通りだ。
「よう、久しぶり」
あくる日、大塚がバッティングセンターに来た。
「なあ大塚」
「なに?」
「バッティング勝負しよう」
大塚はしばらく黙ってから口を開いた。
「なにを賭けて?」
「僕が勝ったら、僕は野球部に戻る」
「ありえない」
大塚は笑った。
「お前、辞めさせられたとか言ってたけど、要は勝負事が怖いだけの奴じゃん。内心、もう野球やらなくていいってホッとしてただろ」
大塚はすべてわかっていた。それでも僕は改めて「頼む」と言った。
二十五球勝負の対決、僕は一球一球を大事に打った。
「本気みたいだな」
大塚が声をかけるが、僕は無視して打席に集中した。
「お前は勝負事には戻らないよ」
そんな挑発を無視して、僕は一二〇キロの球を打ち続けた。ヒット性の当たりは八本。ここのバッティングセンターでできる限りの最高のパフォーマンスだった。
「気まぐれでいじけ虫をやめてるだけだよ、お前は」
大塚はそう言ってバッターボックスに立った。バットは何度も快音を響かせる。
「大塚に負けといて良かったって気持ちになるよ」
大塚はそう言ってバットを強振した。七本目のヒット性の当たりだった。残りは七球。まずかった。
しかし、そこから大塚のバットが一度空を切った。一二〇キロは大塚が空振りするスピードじゃない。その次のたまもファウルチップ。次の球は当たりは良かったけれどセカンドライナー、次の球もピッチャーゴロだった。
大塚が負けようとしてくれている。そう思った。けれど大塚は言った。
「俺はお前と違ってどんな些細な勝負も手を抜かない」
そう言って振った球は、大きなファウルフライになった。次の球はライトフライ、最後の球もセンターフライに終わった。
「……どうすんだお前。お前の勝ちだぞ、どう見ても」
大塚は心配そうに僕を見たけれど、僕は終わりかかった夏の空を見ていた。
「ありがとう、大塚」
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