宮田華凛

 宮田華凛という人物は、本当に人なのだろうか。


 その疑問を抱いたのは、小学校の3年生の時だった。


 私が他の子よりもお金持ちの家に生まれて、贅沢な暮らしをしている、ということは以前から気付いていた。持っていた物が、他の子の持ち物よりも良い物ばかりだったから、それに気づくのは容易かった。


 だけどそれだけじゃない。それならたぶん、裕福な家庭の幸せな子として普通に生きられたと思う。


 宮田のお嬢様として。華凛という綺麗な名前を持って。でもそうはならなかった。

 私は、彼ら、彼女らの顔が、私と同じではないことに気付いてしまった。


 私に集まる人の顔は、まるでお祭りの屋台にある仮面を張り付けたような、安っぽい笑顔で塗り固められていた。それだけじゃなかったな、睨むような、嫉妬の顔もあったか。


 そしてそれがクラスメイトの子供だけじゃなかった。父の知り合いの人間が挨拶しに来ることもあったが、彼らの顔にも例外なく仮面はついていた。


 なぜこんな小娘に丁寧に話しかけなきゃならないのか。この子と仲良くしておくことが将来に繋がる。そんな裏の素顔が仮面の隙間からずっと見えていて、私はこの世界が信用できなくなった。


 それが分かると同時に、この世界が酷く脆い作り物のように見えてきた。まわりにいる人も人形が喋ってるように見えて、同じ人間とは思わなくなった。


 つまらない世界だ。


 それでも、それでもこの世界に生まれ、宮田華凛としている以上は、そう生きていかなければならない。舞台の中で与えられた役割を演じなくてはならない。


 私の生活スケジュールは綿密に決められ、様々なことを学ばされた。将来婿取りの可能性もあるが、それよりも父は私に女社長として自分の会社を受け継いで欲しいようだった。


 こうして、ただただ縛られた生活が進んでいく。いろんな場所へ行き、いろんなことができるようになったのに、私はまるで塔の中に閉じ込められたラプンツェルのように外の世界を欲した。


 私は舞台から降りたかった。


 こんなままごとみたいな生活は、生きてるなんて言わない。


 ……そうだ、生きてない。


 私たち人間は、自由に生きているように見えても、実は社会の中の役割パーツとして動いているに過ぎないんだ。


 だから私は、死にたいと思った。高い塔に幽閉された私には、髪が伸びるのなんて待っていられなかった。


 中学3年生の時、自殺しようと思った。これ以上、こんな世界に付き合わされるのはごめんだ。


 家の窓を開けて、3階から地面を見た。


 けど、死ねなかった。死ぬことは、とてつもなく怖いことだった。


 いや、正確には違う。怖いのは死ぬことじゃない。自分を失うことなんだ。


 私はまわりの何も信じていない。当然神や死後の世界がどうのなんてことも、存在するわけがないと思っている。


 だから、死んだらどうなるのかを考えたら、それが恐ろしかった。


 こう聞くと、人によっては真っ暗な世界に閉じ込められるとか、そんなことを答えると思う。


 でも私は違うと思う。黒も白もない。いやそれどころか、そういったものを判断する自分がない筈だ。


 無になること。それが恐ろしくて、私は死の一歩手前で止まった。


 宮田華凛という舞台人形から抜け出したいのに、そうできない。


 私は元の生活に戻った。今まで以上に人形のようになって。


 そんな時間を過ごす中で、私は有希と出会ったんだ。

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