メモ2◆昨夜の女性と再会
駅員と警察に事情聴取され、終えた頃には日付がとうに変わっていた。
もちろん、終電など残っているはずもない。
女性の自殺未遂を止めたことで、駅員や警察に感謝されたのはいいが、それなら帰り道のケアもしてもらえないだろうか?
俺は結局、タクシーを使い帰宅した。
学生の分際でタクシーを使うなど贅沢だと思うだろうか? 都会なら、あるいはそうかもしれない。
だが、俺が住んでいるのは田舎町だ。バイト先から下宿先までは、簡単に歩いて帰れる距離ではない。
それに、疲れた。歩きたくなどない。
田舎の大学に通うのも考え物かもしれない。バイト先の位置も考えるべきだった。時給で選んでもろくなことにはならない。
『クビになったら、もっと近い場所でバイトしよう』と、手帳に書き込む。
これで大丈夫。
俺はシャワーを浴びて、ベッドに倒れこむようにして就寝した。
翌日、大学での講義を終えた俺は、家に一度帰宅し、冷たい飲み物で一息ついたところだった。
時間を確認すると、十五時半。今日の勤務は十七時からだ。出勤時間まではかなり余裕がある。
よし、どこかで時間を潰してからバイトへ向かうとしよう。
家でだらだらしてもよかったが、なんだか、今日は外に出たい気分だった。
電車に乗り、ひとまずバイト先の最寄り駅へ到着する。
このあたりにはどんな店があっただろうか?
電車から降りて、改札を抜ける。
平日の昼間、雑然とした駅構内。コンビニや食事処が併設された中を歩いていく。
周辺地図のパネルの前に立ち、どの方面を散策するか考えた。
東西に線路が走り、出口は北と南の二箇所。駅から放射状に歓楽街が広がっている。北方面は商店街に面し、南方面はスーパーやファーストフード店が多い。
俺のバイト先は、どちらかというと北方面だ。
そういえば、南方面にオシャレな喫茶店があるらしい。友人が『デートに使うと点数が上がる』と自慢していた。機会も興味もないので行ったことはないが(あるいは行ったことがあっても忘れているだけかもしれないが)……いつかのために下見をしておくか? だがしかし、男一人で行くのか……?
うーん。
俺が地図を見ていると、左側から女性が近付き「あの」と声をかけてきた。
「ああ、すみません」
地図が見たいのだろうと思い、俺は一歩離れて女性に場所を譲った。
しかし、女性はその場から動かず言う。
「いえ……、あの、昨日は……」
「昨日?」
改めて、女性と向き合う。
年齢は二十代半ばだろうか。長い黒髪、淡い青のワンピース、合皮の茶色い鞄。長袖のジャケットの、その左袖からは包帯の白が覗いている。
「ああ、昨日の……」
なんと言うべきか迷い、その先は口にしなかった。
この女性は、昨日、俺が助けた女性だ。
いや――助けた、などというのはおこがましいかもしれない。女性の命は助かったかもしれないが、ならば彼女がその行動に及んだ原因をなんとかしたのかというと、そうではない。俺はあくまで、俺の一時の感情で彼女の『邪魔』をしたに過ぎないのだ。
ひょっとして、恨まれていても文句など言えない。
「あの……昨日は、本当にありがとうございました」
しかし女性は、俺に向かって頭を下げた。
「昨日は、私、……冷静じゃありませんでした。どうかしてたんです。だから、あの」
女性が、どこか陰のある笑みを浮かべた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「………………」
そうか。彼女は、俺に礼を言うのか。
『助かった』と言うのか。
なら、俺の昨日の行動はきっと、彼女を『助けた』のだろう。
それは、よかった。
「姿を見たもので、一言、お礼が言いたかったんです。お手間を取らせてすみませんでした。それじゃあ、これで」
女性はもう一度俺に頭を下げて、立ち去ろうとする。
「あの」
俺は、そんな女性の背中に声をかけた。
「あの、もし、お時間がよろしければ、……お茶なんてどうでしょうか?」
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