12話 イモムシのスニーカー
「さっきはごめんね」
駅から目的の店に向かう途中、殊勝にも篠原はそう謝ってきた。
「ああ、気にしなくていいぞ。怪我してないから」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「お父さんの靴投げちゃったでしょう。悪いことしたわ」
そっちかい! と俺は心の中で盛大につっこんだ。篠原はやっぱり篠原だった。
駅から十分ほど歩いて、親父がよく通っていたスニーカーの中古ショップに俺たちは入った。店内にはラップに包まれた色とりどりのスニーカーが所狭しと並んでいる。中にはレアなモデルも置いてあるみたいだ。ここなら探しているものを見つかるかもしれないと思ったのだ。
親父がお気に入りのこのスニーカーは今でも根強い人気を持っていて、復刻される度に即日完売してしまうから、新品で手に入れるのは難しい。ネットで転売している人から買うか、こうした専門ショップで探すしかない。正直、ネットで買うことはあまりオススメしない。人気のモデルほど偽物が多く出回っているからだ。
「でも、この前言ってたアマズンで同じものが売ってたわよ」
俺の説明を聞いて、篠原は自分のスマフォを見せてきた。確かにアマズンのページには同じカラーのモデルがたくさん販売されている。
「それ全部偽物だ」
「へ?」
「メロカリとかヤマオクも、偽物が出品されることがあるから要注意な。最近のフェイクは精巧にできていて、素人には見分けがつかないらしい」
「見た目がおんなじなら、もう本物と変わらないじゃない」
「まあ、偽物だとわかって買うならそれでもいいかもな。もっとも、フェイクはすぐ壊れたりする粗悪品らしいけど」
だから、中古の専門ショップにきたのだ。ここなら目利きの店員が査定の際に偽物をはじいてくれているから、少なくともネットよりは安心して買えるわけだ。まあ、全部、親父の受け売りなんだけど。
「あった!」
どうやら人気のモデルは目立つところに陳列してあるらしく、すぐに見つかった。見た所、状態も悪くない。未使用品と値札にも書かれている。ただ、問題なのは……
「サイズは?」
「28.5。私には大きすぎるわね」
「やっぱりそうなるか。どうする他の店も回ってみるか?」
「待って」
篠原は隣にあった別のカラーリングのものを手に取った。ネオンイエローではなく、爽やかなマリンブルーが配色されているモデルだった。
「これすごくかわいいかも」
「気に入ったのか?」
「でもこれもサイズが……」
どうやら篠原の足より1サイズ大きいみたいだった。
「それくらいなら、なんとかなるんじゃないか。この靴って踵が狭まってて引っこ抜けにくいし、サイズが大きいぶんには中敷で調節できるらしい。実際、俺も親父と同じサイズで履いているから」
それでもまだ篠原は悩んでいるようだった。
「でも、おんなじのにするつもりだったし」
「俺はこっちの色の方が篠原に似合ってると思うけどな」
「そうかな?」
「ああ、どっちにしろ自分の好きなもん履けばいいんだよ。別に限定とかレア物とかより、自分が気にいるかどうかが大事だからな」
そういえば、これも親父がよく言ってたことだったな。気づけば、親父から言われたことをそのまま口にしている。
「あんたがそこまで言うなら、これにする」
篠原は決心して、レジに向かった。そもそも、あいつはなんで親父と同じものを買いたがるのか。もしかして中年好きなのか?
俺がそんなことを考えている間に、篠原は清算を終えて戻ってきた。どこか満足げに笑っているから、勧めてよかったんだと俺はホッとする。
店を出て、篠原は早速スニーカーに履き替えた。家に買えるまで待ちきれない気持ちはわからないでもないが、こんなにはしゃいでいるあいつは初めてみた。
靴の履き心地を確かめながら、彼女は俺を置いてぐんぐん前に進んで行く。まさかこんな美少女と二度も買い物に行くなんて思いもしなかった。俺なんかといて退屈しないんだろうか、何度もそんな考えがよぎった。しかし、俺の前を歩いている彼女は、とても楽しそうだった。
空気の感触を確かめようと、篠原はスカートを揺らしながら飛び跳ねた。着地してから、こちらを振り向いた。彼女の微笑みは俺の心を容易くつらぬいてしまう。
「これ、気に入ったわ。……ガラスの靴よりずっと歩きやすい」
「芋虫みたい、じゃなかったのか?」
「そう、イモムシみたいにかわいいの!」
やっぱりあいつの考えていることは俺には理解できない。今はまだそれでもいいか。あいつと一緒にいられるなら、それでもいい。
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