インターバル
13話 いのち短し恋せよ乙女、タピオカブームの冷めぬ間に
私はいつになく浮き足立っていた。私の初恋の人、高槻悠太。今日は彼とスニーカーを買うために、都心に近い若者で賑わう街までやってきた。これはもうほとんどデートだ。限りなくデートだ。
デートまで漕ぎ着ければ、あとはもう複雑な手順はいらない。私があともう少し素直になればいい。それだけで、長かった私の片思いを終わらせられる。
まさか断られるなんてことはないはず。彼はもう私の術中にはまっている。彼が私の隣席なのも、図書委員に選ばれたのも、すべて私が裏で手を引いたからだ。おかげで、彼と放課後、誰にも邪魔されずに過ごすことに成功した。
きわめつけはミラーリングだ。彼と同じ腕時計、同じ靴。彼と同じものを身につけて、無意識に好感度をあげるという高度な恋愛テクニック。それにペアウォッチをつけていれば、他の女もおいそれと彼に手をだせないはずだ。
彼に勧められたスニーカーを履いている今なら、素直な気持ちを言える気がする。それに今なら雰囲気も最高潮のはず、万が一にも失敗はない。彼はもう、私に惚れているはずだ。
ただ、懸念すべきことは一つある。彼は肉親を亡くしたばかりだということだ。もしかしたら、今は恋愛なんてする余裕なんて彼にはないのかもしれない。
「……それはありうるかも」
「どうかしたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
しかし、辛い時こそ、私が彼の支えになってあげるべきだ。ていうか、支えてあげたい、そばにいてあげたい。私が、彼の伴侶として、じゃなくて恋人として彼の辛さを分かち合えばいいのだ。うん、そうに違いない。
「だけど、断られたらどうしよう」
「篠原、さっきから一人でぶつぶつ言っているけど、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ、気にしないで」
とりあえず、もう少し様子を探ってみよう。こんなこともあろうかと、デートスポットはすでにリサーチ済みだ。
「ねえ、クラスの女子がこの辺に行列ができるほど美味しいタピオカのお店があるって言っていたのだけど」
「タピオカ?」
「ええ、今日のお礼に奢るから付き合ってくれない」
私ってば、なんでもっと素直の言い方ができないの。一緒にいきたいってはっきり言えばいいのに。でも、一応誘うことはできた。タピオカだったら、列に並んでいる間に彼と話せるだろうし、それで脈アリか判断しよう。美味しいタピオカを飲めば仲も深まるだろうし。
「篠原、悪いんだが今日は早く帰りたいんだ」
「え、なにか用事でもあった?」
「用事ってほどでもないんだが」
「じゃあ、門限とか?」
「門限とかはとくにないんだ」
「もしかして、タピオカ嫌いだった?」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
じゃあ、もしかして私のことが嫌いなの? 最悪の考えが頭を過ぎる。私といるのは苦痛だから早く帰りたいの? 本当は私にずっと辟易していたの? いつも強引に誘って迷惑だった? もっとおしとやかな子がタイプだったりする?
「妹がさ、家で待っているんだよ。夕飯も作ってやらないといけないし」
「妹? 妹さんがいたの。そう、じゃあ仕方ないわね」
何が仕方ないの? 私の誘いを断る理由になっているのそれ? 私、もしかして妹に負けた?
「本当に悪いな、篠原。じゃあ、また明日な」
「ええ、また明日ね」
彼は腕時計を気にしながら、足早に去っていった。私は一人取り残される。
「仕方ないわよね、急に誘った私が悪いんだし」
自分で言い訳をしてみたけれど、余計に落ち込んできた。
本当はわかっているんだ。彼が私に気がないことくらい。だって、教室でも隣にいるのに碌に声もかけてくれないし。今までだって、私が強引に連れ回していただけで、本当は私と一緒にいたくなかったんだ。私みたいなプライドばっかり高くて、高飛車な物言いをする女を彼が好きになるはずはない。
彼はきっと、優しくて奥ゆかしいおしとやかな女の子が好きなんだ。私なんて相手にもされていない。期待した私がバカだった。でも彼は、
「昔のこと覚えていてくれた。もう忘れてしまったと思っていたのに。綺麗な音色だって言ってくれた。なのに私……」
後悔しても、もう遅すぎる。あの頃の私は死んでしまった。彼が知っている私はもういないのだ。
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